モルモン

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Mormons?

帰還宣教師から

From Returned Missionaries

二ール長老

Elder Neal

 

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Originally published in Meridian Magazine www.ldsmag.com

二ール長老日本西部伝道の宣教師でした。

救い主の顔を彫る

医学博士スティーブン・ロイド・ニール

ヒンクレー大管長の葬儀の席で涙ぐんでいた私たちは、誰のために涙を流していたのでしょうか。ヒンクレー大管長のためでしょうか。永遠の伴侶や家族、先任の予言者たちと再会することができたヒンクレー大管長にとって、それはすばらしい生涯を送った後に迎える、なんと楽しく輝かしい終わりだったことでしょう。

そうです、あれは自分のために流した涙でした。大管長を失ったこと、幼い子供たちやまだ生れていない孫たちが大管長を知る機会がないことを悲しんでいたのです。予言者を支えて強めるようにと教会全体が絶えず祈っていたことで、ヒンクレー大管長は98年近くも命を永らえることができました。しかし、私たちはそれが永遠には続かないことを知っていました。にもかかわらずその時が来てみると、悲しみが和らぐことはありませんでした。

ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、いくら賞賛の言葉を並べても足りないほどの豊かな遺産を残して逝かれました。しかし、ヒンクレー大管長が残した最も大切なものは、私たち一人一人の心の中に残されたものです。そして、彼が在任中に成し遂げた最大の偉業は、私たちの心をキリストに導くことでした。私たちを救い主へと導くための言葉には限りがありませんでした。しかしさらに大切なことは、私たちはヒンクレー大管長の愛を感じ、その指示に従いたいと思ったことでした。

その著書「Standing for Something」の前書きには、こう書かれています。「私たちは新たに正直、人格、誠実さを強調する必要があります。私たちが個人の生活の中に真の文明の本質である徳を養っていくにつれて、時代の規範も変わってきます。そこでこのような疑問が湧いてきます:どこから始めたらよいのか?と。」

この疑問に対して、ヒンクレー大管長はこの著書の第1章、愛について書いている「人生の指針」で答えています。最後の審判について、私たちは代理を通して主に「食べさせ、着せ、尋ねた」ために、王国を受け継ぐと王が言った言葉を引用して、ヒンクレー大管長はこのように書いています:

このあわただしい自己中心的な世の中にあって、私たちが立ち向かう最も大きな課題の一つは、主の勧告、すなわち時間をかけて他の人々を思いやる努力をし、他の人々の生活を変えることができるような一つの資質を養い、それを発揮することです−聖文はこれを慈愛と呼んでいます。...この慈愛とは、イエス・キリストが模範を示したあの純粋な愛です。そして思いやり、他の人々に手をさしのべて助け、必要ならば自分のパンを分かち合うことなどを行います。(ゴードン・B・ヒンクレー、「Standing for Something」、6)

ヒンクレー大管長は、私たちにとって救い主の愛を教えた生ける教訓だったのです。そのために、非常に効果的に、私たちが生活を変えるのを助けることができるのです。


完成した彫刻「わたしにはまた他の羊がある」

私の家族もヒンクレー大管長から家宝となるような教えを受けました。それは他に類のない霊的な体験として、救い主の御姿を大理石に彫刻するということでした。

まず最初に、羊飼いイエスが羊を集めるために出て行くところを、粘土で作製しました。その左腕には子羊を抱き、右腕は外に向って差し伸べています。そして第3ニーファイ15:17の聖句から、「わたしにはまた他の羊がある」とタイトルを付けました。


アトリエで粘土の型の仕上げをしているところ

体格や体の構造、目鼻立ちとその他の細かい点など、救い主の肉体的な外見をどのように創作していったらよいのかと苦闘していたとき、何人かの先任使徒からアドバイスをいただくという祝福を受けました。

半分仕上がった型を見て、このように言われました、「救い主は霊的な強さと同時に、肉体的にも力強いお方だと思います。これではまるであなたご自身の体をモデルに使ったようですね。」(それは事実でした。医者というものは隆々とした筋肉を持っているわけではありませんから。)

そして主のお顔立ちについて、鼻の形や唇の厚さ、目、あごひげの分け目、髪の毛の長さなど、しばらく話し合いました。何にもまして、「りっぱで、力強さにあふれたお顔」でなければならないということで、話し合いは終りました。本物のモデルがいないために、最終的な救い主のお顔のイメージは、私の心の中にあるイメージを基にしました。

粘土像が完成すると、ブロンズを造った型で造られたモデルを、大理石の彫刻を学んだイタリアのピエトラサンタへ持って行きました。



小さい像がブロンズで造られ、これをもとにして大きな大理石像が造られた

その夏、私が心に感じていたことは、決して忘れることはできません。ノミで彫りながら、ヤレドの兄弟が幕を通して救い主のお顔を見ようとするとき感じていた期待のようなものを感じました。証会にでもいるときのように、心が燃えたこともありました。


大理石の像をエアー・ハンマーで彫る、イタリアのピエトラサンタにて

1年後、私は完成した600ポンド(270キロ)の大理石像と鋳型から鋳造された小さなブロンズ像を持って、幹部の方々に報告に行きました。好意的に見てくださったので、ホッとしました。しかし予期していなかったのは、パッカー会長が大管長会の方々にもお見せしたいと言われたことでした。

ヒンクレー大管長は優しい方なので、人の芸術作品を酷評するようなことは決してされません。パッカー会長はそれを承知の上で、救い主の像を私に代わって大管長にお見せし、正直な感想を聞き出そうとなさったのです。

パッカー会長は、大管長会に彫刻をお見せした後、私を教会管理本部の会議室に呼ばれました。そこには像が以前のまま置いてありました。私はそのときの模様を日記にこのように書き記しています:

会議室のドアを押し開けると、パッカー会長がお一人で座っておられた。「ヒンクレー大管長はあなたの像が気に入られましたよ。MTCに置いて、宣教師たちを鼓舞させるには最高の像だと思います。大管長が特に子羊がいいと言われました。」 パッカー会長は、小さいブロンズ像の子羊をなでながら言われた。

「ヒンクレー大管長は大理石の像よりもブロンズ像の顔が気に入ったようです。でも鼻がもう少し細い方がいいとおっしゃっていました。」(大理石の像にもっとたくましい感じを出すために、上顎骨前頭突起を意図的に少し広めにしておいたのだった。誤った考えであった。) パッカー会長は続けて言われた。「形成外科医がいるから、鼻を細くするのは問題ではありません、とヒンクレー大管長には言っておきましたよ。」

パッカー会長は、指の間の大理石を取り除くことと、見学者との視線が合うように像全体を台座の上に載せるようにとも言われた。


大理石像「わたしにはまた他の羊がある」を宣教師訓練センターのロビーに設置

この経験を通して、私は予言者ゴードン・B・ヒンクレーが救い主をよく知っておられるという安らぎの気持と証を得ました。確かに、 その実によって彼らを見分けることができます。ヒンクレー大管長は偽りなく、キリストのような方で、私たちが救い主をもう少しはっきりと見ることができるように助けてくださいます。私が救い主、贖い主にまみえるときには、そのお顔を見て、それが救い主だとわかるようにと願っています。生ける予言者がいることを、神に感謝します。