モルモン

とは?

What of the

Mormons?

 

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2015321日のチャーチニューズの社説からの抜粋「末日聖徒イエス・キリスト教会十二使徒評議会会員ジェームズ・E・タルメージの言葉」

イエス・キリストは前に述べたような大きな犠牲の要求にこたえることのできるただ一人の御方であった。すなわちイエス・キリストは

1.まったく罪のない唯一の人として,

2.御父の独り子として,したがって神性と人間性とを完全に兼ね備えて地上に生まれた唯一の御方として,

3.天において選ばれ,この務めのためにあらかじめ聖任されていた御方 として,この大きな犠牲の要求にこたえることのできる唯一の御方であった。

イエス・キリストのほかにこれまで罪のまったくない人が一人でもいたであろうか。また罪のない結果サタンの支配を完全に免れ,罪の報いである死を当然受けなくてもよい人が一人でもいたであろうか。仮にイエス・キリストが罪のためにサタンの力に打ち負かされ,その結果普通の人々と同じ死に方をしたとしたなら,イエス・キリストの死は,自分自身の罪とがを蹟う以外に,少しもほかの罪とがを贈い得ない,一個人に限られた経験にすぎなかったであろう。キリストは完全に罪のない御方であったから,全人類の罪のために,贖罪(しょくざい)の犠牲としてなだめの役割を果たす資格があった。またキリストは謙遜(けんそん)に喜んで事に従う心を持っておられたから,御父はキリストがそのような犠牲になることを受け入れられたのである。

キリストのほかに死に耐え得る力を備えていた人が一人でもいただろうか。キリストのほかに,自分で従わないかぎり死に屈服せずにいられた人が一人でもいたであろうか。イエス・キリストは時の至るまで死に至ることはなかった。しかもその時が来たときに,イエス・キリストは自ら進んで生命を与え,自分の意志から出た行動によって死に身をゆだねられたのである。キリストは死すべき体を持つ人間マリヤを母としていたので,死ぬべき資質を受け継いでおられた。しかし,無期限に死を延ばしておく力も受け継いでおられた。キリストは文字どおり自分の命を捨てられた。キリストはこの意味を次のようにはっきり述べておられる。「父は,わたしが自分の命を捨てるから,わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは,それを再び得るためである。だれかが,わたしからそれを取り去るのではない。わたしが,自分からそれを捨てるのである。わたしには,それを捨てる力があり,またそれを受ける力もある。」17「父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に,子にもまた,自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである。1このような御方だけが死を征服することができた。「キリスト・イエス」一人にだけ,世の人々の贖いい主となるために不可欠の条件が実際に備わっていたのである。

イエス・キリストのほかに,このように前世においてあらかじめ聖任された結果権能を持ち,任務を帯びてこの地上へ来た人が一人でもあるだろうか。イエス・キリストが罪を贖うために犠牲になるという使命は,決して自らお定めになったものではなかった。事実イエス・キリストは天において召され,すでに自分自身をささげておられたのである。]まことに,イエス・キリストはすでに受け入れられて,そのときの諸条件を満たすためにやがてこの地球へ降臨されたのである。すべてが,自己推薦ではなく,イエス・キリストよりも偉大な御方の選任によるものであった。イエス・キリストが御自分の権能について告白をなさったときの主旨は,いつでも,父なる神の指図で働いている者であるというものであった。それは次の聖句が証明している。「わたしが天から下ってきたのは,自分のこころのままを行うためではなく,わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである。」19「わたしの食物というのは,わたしをつかわされたかたのみこころを行い,そのみわざをなし遂げることである。」20「わたしは,自分からは何事もすることができない。ただ聞くままにさばくのである。そして,わたしのこのさばきは正しい。それは,わたし自身の考えでするのではなく,わたしをつかわされたかたの,み旨を求めているからである。」21

キリストイエス古代の聖典と近代の聖典に基づく救い主とその使命の研究末日聖徒イエス・キリスト教会十二使徒評議会会員ジェームズ・E・タルメージ

Excerpt from LDS Church News Editorial, 21 March 2015

“In the third chapter of the classic Latter-day Saint work, Jesus the Christ, Elder James E. Talmage of the Quorum of the Twelve Apostles expressed it in words that ring as true today as they did a century ago when the book was published:

Jesus Christ was the only Being suited to the requirements of the great sacrifice:

1 – As the one and only sinless Man;

2 – As the Only Begotten of the Father and therefore the only Being born to earth possessing in their fullness the attributes of both Godhood and manhood.

3 – As the One who had been chosen in the heavens and foreordained to this service.

What other man has been without sin, and therefore wholly exempt from the dominion of Satan, and to whom death, the wage of sin, is not naturally due? Had Jesus Christ met death as other men have done — the result of the power that Satan has gained over them through their sins — His death would have been but an individual experience, expiatory in no degree of any faults or offenses but His own. Christ’s absolute sinlessness made Him eligible, His humility and willingness rendered Him acceptable to the Father, as the atoning sacrifice whereby propitiation could be made for the sins of all men.

What other man has lived, with power to withstand death, over whom death could not prevail except through his own submission? Yet Jesus Christ could not be slain until his “hour had come,” and that, the hour in which he voluntarily surrendered His life, and permitted His own decease through an act of will. Born of a mortal mother He inherited the capacity to die; begotten by an immortal Sire He possessed as a heritage the power to withstand death indefinitely. He literally gave up His life; to this effect is His own affirmation: “Therefore doth my Father love me, because I lay down my life, that I might take it again. No man taketh it from me, but I lay it down of myself. I have power to lay it down, and I have power to take it again” (John 10:17-18). And further: “For as the Father hath life in himself; so hath he given the Son to have life in himself” (John 5:26). Only such a One could conquer death; in none but Jesus the Christ was realized this requisite condition of the Redeemer of the world (Talmage, James E., Jesus the Christ, pp. 21, 22).