モルモン

とは?

What of the

Mormons?

 

今休んでいる会員へ

 

もどる

編集注意:この話はpdfから変換されたからまだ日本の教会員に校正されていません。

198204-108

神の業に敵対するもの

七十人第一定員会会長会カーロス・E・エイシー

今回割り当てられた話のテーマを何にしたらよいか深く考えていた時に,私はある用事があって十二使徒定員会のひとりの方と電話でお話をしました。その時私は,「大会の割り当てにふさわしい話を選べるように助けて下さいませんか」と頼みました。 

彼は力づけるような声で「お助けしましょう」と答え,それからこう言いました。「カーロス,祈ってごらんなさい。」

私は多くの祈りを通して得たことを皆さんにお話ししたいと思います。祈りの気持ちを持って従順に,へりくだってお話ししたいと思います。

1857111日,ジョージ・A・スミス長老は実に印象的な説教をしました。彼はその中で次のような中国の古い寓話を引用しています。

「ひとりの旅人が田園地帯を抜けて,繁栄をきわめた大きな都にやって来ました。彼はその都を眺めて案内人に言いました。『ここの住民は心の正しい人々に違いない。これほど大きな都だというのに,小さな悪魔が一匹しか見あたらない。』

案内人は答えて言いました。『それは間違いでございます。この都は完全に邪悪に包まれております。……ですから,すべての住民を従わせるのにたった一匹の悪魔がいれば,それで十分なのでございます。』

しばらく行くとでこぽこ道にさしかかりました。見ると,ひとりの老人が荒々しい形相をした7匹の巨大な悪魔に取り巻かれながら,丘の斜面を登ろうとしていました。そこで旅人は言いました。

『何てことだ!あの老人はひどい悪人に違いない。あんなにたくさんの悪魔に取り囲まれているなんて。』

すると案内人が言いました。『国中で正しい人間はあの老人だけなのでございます。何とかあの老人を正しい道からそらせようと,最も力の強い悪魔が7匹でやっきになっているのですが,それができないのでございます。』」(Journal of Discourses「説教集」5363-64)

この寓話を紹介した後で,スミス長老は次のように付け加えました。「悪魔はこの世を完全に思いのままにしているので,世の人々を支配するのにわずかな悪魔しか必要としない。」そして,「悪魔の全軍団はモルモンに的を絞っており,人の子らの心を扇動してモルモンをこの世から抹殺させることに専念している。」(「説教集」5364)

サタンは,すべての神権時代において,あらゆる機会をとらえて大勢の神の子供たちを破滅へ導こうと企てています。サタン自身がその役を買って出ることもあれば,彼に従う人々を通して働きかけることもあります。例えば,モルモン経の中に,3人のキリストに背く者の話があります。3人共サタンに斯かれ,キリストを信じる人々に敵対する説教をし,公然と神の教会を滅ぽそうとしました。人々を欺くために彼らが用いた手段は皆似かよっています。偽りの教義を教え,うそを言い広め,予言をばかげた伝説だと言い,教会の指導者たちが神の正道を曲げていると非難し,信仰などは愚かでむなしい望みだと言って誘いをかけるのです。(ヤコブ7;アルマ1章,30章参照)

キリストに反対した人々の話を読むと,彼らの考えが背教に陥っていく過程に驚きを覚えます。また,人々を巧みに誘惑したことにも驚かされます。あるいは人々はなぜそんなにだまされやすく,そんなに簡単に迷わされてしまうのだろうかと不思議に思います。私たちはこのように驚いたり不思議に思ったりしながらも,反キリストの風潮を古代史の片隅に追いやってしまい,自分は無防備のままで生活する傾向があります。これは危険です。信仰を失い,霊的な意味で滅びるといった結果を招くこともあるからです。

1820年の春以来,ルシフェルは末日聖徒とその指導者たちに執拗な攻撃をしかけてきました。反キリストや反モルモン,あるいは背教者のグループが次々と現われました。これらの多くはいまだに私たちを取り巻き,次々と悪質なうそや根拠みない非難を浴びせかけています。彼らは聖徒の信仰を打ち崩して証を奪う者であり,個人的な接触や印刷物,ラジオやテレビ,その他の手段を利用し,疑いの種をまいたり,真の信者たちの平和をかき乱したりしています。

2カ月前に私たちは,ある監督から心の痛む手紙を受け取りました。その手紙には,彼が改宗して間もない人の破門rにかかわったことが書いてありました。この改宗したばかりの人は,ひとりの熱烈な背教者の影響を受けて,自分の証を失ってしまいました。ジョセフ・スミスや代々の予言者たちに対する疑惑を引き起こすために,この背教者は,教会の出版物の内容に変更が加えられてきたことを指摘したようです。

この背教者の用いた手段は,光よりも闇を好む人々の間に用いられるものです。彼らの論法で行くと,ルカの記録がマタイのそれときっちり同じではないから,あるいは,ダマスカスの道でパウロが受けた示現について使徒行伝の中に異なった記述があるから(使徒行伝91-9;224-11参照)新約聖書を焼いてしまえ,ということになるでしょう。多くの背教者の生活には,現代の予言者と絶えざる啓示に対する信仰が欠けています。彼らは,現代の予言者と生きた信仰以外のものに救いの望みをかけようとするのです。

ここで次のような質問が出てきます。私たちはこのような悪意ある企てにどのように応じたらよいのでしょうか。やり返しますか。対応の仕方を提案したいと思います。この提案は救い主の教えに調和するもので,過去および現代の予言者の賢明な勧告とも一致するものです。

1. 信仰を奪おうとする人を避ける。信仰を失なわせるような人は遠ざけることです。彼らが人々の心や頭の中に植えつけた種はガン細胞のように成長し,徐々にみたまを破壊します。神の真の使いは,破壊者ではなく,建設者です。私たちは全世界に宣教師を送って,世の人々が規則に規則を加えられてやがて完全な福音を受け入れることができるように,彼らを教え,助けているのです。(教義と聖約9812参照)改宗したばかりの人が次のように証しました。「私の前の教会は現世というひとつの章を与えてくれました。末日聖徒イエス・キリスト教会は,前世と来世に関する2章をそれにつけ加えてくれました。」

2. 戒めを守る。ブリガム・ヤング大管長は次のように約束しています。「私たちのなすべきことは,前に向かって,また天を目指して進むこと,そして天父と神の戒めを守ることです。そうするならば神は私たちの敵を打ち砕いて下さいます。(Discourses of Brigham Young「ブリガム・ヤング説教集」p.347)神の律法に従うならば,私たちは「神の武具」で身を固め,悪魔の策略に対抗して立つことができるでしょう。(エペソ611-18参照)さらに従順であるならば,聖きみたまの導きとみ守りを受けることができます。

3. これまで勧告されてきたように,生ける予言者に従う。教会のある指導者は教えています。「いつも教会の大管長に目を向けていなさい。そして,もし彼が何かするようにと言った時に,たとえそれが間違っていても,言われた通りにするならば,主はあなたを祝福して下さるでしょう。……でも心配する必要はありません。主は決して主の代弁者を通して人々を間違った道に導くようなことはなさらないからです。」(ヒーバー・J・グラント,マリオン・G・ロムニーによる引用,Conference Report「大会報告」196010月,p.78)神から聖任された者以外の人の教えを受け入れる時,それは地雷の埋めてある未知の野原を歩くようなものであり,私たちの身と霊を危険にさらしていることになります。(教義と聖約432-7529)

4. 教義について論争しない。主はこのように警告しておられます。「争いを好む心ある者はわれに()くものにあらずして悪魔に属くものなり。」(IIIニ一ファイ1129〉正しい結論を得ようとする時にサタンの方策を用いるならば,それは矛盾したことになります。このような矛盾は心に不満を生じ,みたまを失わせ,敗北を招く結果になります。「われらは,自らの良心に従い,全能なる神を礼拝する特権ありと主張す。また,われらは,すべての人々にこの特権を許」す。(信仰箇条第11)

5. 聖典を調べる。聖典を生活の指針あるいは羅針盤とするならば,横道へそれたり道を見失ったりすることは,まずないでしょう。(アルマ3744参照)鉄の棒とは神のみ言葉のことです。それにつかまっているならば,決して落ちることはないのです。

6. 教会の使命から注意をそらさない。皆さんの注意を正しい道からそらせて,時間やエネルギーを浪費させようとたくらむ人々がいます。サタンは荒野でキリストを誘惑しようとした時にこの手段を使いました。救い主の断固とした答え,「サタンよ,退け。」(マタイ410)は,私たちにとって良い模範となります。

7. 敵のために祈る。キリストはニ一ファイ人にこう言われました。「敵を愛し,のろう者を祝福し,憎む者に善を為し,汝らをないがしろにして責め苦しむる者のために祈れ。」(IIIニ一ファイ1244;マタイ544IIIニ一ファイ1210-12も参照)十字架の上で救い主はこのように嘆願されました。「父よ,彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか,わからずにいるのです。」(ルカ2334)真理を知りたくても,それがどこにあるか知らないために真理から遠ざかっている人がたくさんいます。(教義と聖約12312参照)

8.「純粋な宗教」を実践する。クリスチャンとしての奉仕に携わって下さい。病んでいる人や困っている人を助けて下さい。父親のいない家庭や夫に先立たれた姉妹の家を訪問して下さい。そして教会の内外を問わず,あわれみ深くあって下さい。(ヤコブ127;アルマ130参照)

9. 今ある疑問の中には答えを得ることのできないものもあるし,また信仰によってしか受け入れられないこともたくさんあることを忘れない。主の天使がアダムに尋ねて言いました。「汝何故に主に犠牲を捧ぐるや。」と。アダムは答えて言いました。「われその故を知らず,ただ主の誠命(いましめ)に従うのみ」(モーセ56)いつか私たちもモリヤの山に呼ばれ,事前に十分な説明もなしに愛するイサクをいけにえに捧げるように命じられることがあるかも知れません。信仰は福音の第一原則です。そしてそれは進歩の原則なのです。

サタンとサタンに従う者が実在することを,専任宣教師以上によく知っている人は少ないのではないかと思います。なぜなら,宣教師は,罪との戦いの最前線で働く時に頭上をかすめて飛んでくる悪魔の放つ火矢にさらされるからです。しかしながら,私はすべての宣教師とすべての教会員に約束したいと思います。もし,今述べた9つのことに堅実に従うならば,皆さんは勝利を得,決して信仰と証を失うことはないでしょう。

同時に,私は次のように断言します。

1. 私たちのみ業に敵対するものの存在が,み業の神聖さを証しています。私たちがサタンの軍勢にとって脅威でなかったなら,彼らは力を結集して私たちに向かってくるでしょうか。

2.もし私たちがこの敵対するものと戦って勝利を得るならば,それらは私たちの人生を精練して清める役割を果たすでしょう。讃美歌の一節に次のようにあります。

「つらき試しのある時

わがあわれみ与えられん

試し(なれ)をそこなわず

ただ黄金と屑とを分け

えらぶための手段(てだて)なり」

(「主のみ言葉は」讃美歌96番〉

救い主はさまざまの苦しみによって従順を学ばれました。(ヘブル58参照)ジョセフ・スミスに敵が与えられたのも,彼の経験のため,彼に「善からんため」でした。(教義と聖約1227参照)

3. 私たちが泳ぎ慣れた水は,ジョセフ・スミスや他の人々が泳いだ苦難の川に比べれば,ほんの水たまりにすぎません。(教義と聖約1272参照)

4. 敵がいくら力をふるったとしても,私たちの携わる業は並しく,必ず勝利をおさめます。初期の聖徒たちは次の言葉に支えられていました。「何人(なんぴと)かよくかよわき(かいな)をさし伸べて,神の命じたまえる水路を(ながれ)るるミズーリの流を(とと)め,またはこれを逆流せしむることを得んや。もし,よくこれを()()れば全能の神が末日聖徒の頭上にいと高き所より知識を注ぎたもうを止むることを得ん。」(教義と聖約12133)

ブリガム・ヤング大管長は言いました。「モルモニズムに敵対する時,あなたはその成長を助けているのであって,決して妨げているのではない。全能の神がそう定められたのである。」(Discourses of Brigham Young「ブリガム・ヤング説教集」)信仰のへりを歩いている人々は,どうか中央の安全な道を歩むように努めて下さい。

そのためには,指導者の勧告に耳を傾け,聖徒たちとの交わりを絶やさず,神の徳高きみ言葉によって自らを養うことです。信仰のない人に影響されて,正しい道からはずれたり,自らを滅ぽしたりすることのないようにして下さい。(モロナイ6参照)

私は,最も悪質な盗みを働く人々のために,すなわち貴重な証を人々からはぎとる盗人のために祈りたいと思います。そのような行ないを続けても,夜見る夢のむなしさと空虚さを味わうだけです。(IIニ一ファィ273,使徒533-39参照)

神は私たちが罪と戦う時に助けて下さいます。私たちの数は少なく,支配をする領土は小さいかも知れません。しかし,「義と大きな栄光にかがやく神の能力とを以て武装し」(Iニ一ファイ1414〉前進しようではありませんか。イエス・キリストのみ名によりお祈り申し上げます。アーメン。 

Carlos E. Asay, “Opposition to the Work of God,” Ensign, Nov 1981, 67

While pondering a theme for this conference assignment, I had occasion to conduct some business over the telephone with a member of the Council of the Twelve. In that conversation I asked, “Would you help me select a suitable subject for my conference assignment?”

He said, “Yes,” in a very reassuring voice. And then he said, “Carlos, pray.”

I therefore share with you the results of many prayers, and I do so prayerfully and obediently and very humbly.

On November 1, 1857, Elder George A. Smith delivered a memorable discourse, which included this old Chinese fable:

“A man travelling through the country came to a large city, very rich and splendid; he looked at it and said to his guide, ‘This must be a very righteous people, for I can only see but one little devil in this great city.’

“The guide replied, ‘You do not understand, sir. This city is so perfectly given up to wickedness … that it requires but one devil to keep them all in subjection.’

“Travelling on a little farther, he came to a rugged path and saw an old man trying to get up the hill side, surrounded by seven great, big, coarse-looking devils.

“ ‘Why,’ says the traveller, ‘this must be a tremendously wicked old man! See how many devils there are around him!’

“ ‘This,’ replied the guide, ‘is the only righteous man in the country; and there are seven of the biggest devils trying to turn him out of his path, and they all cannot do it.’ ” (Journal of Discourses, 5:363–64.)

After relating the fable, Elder Smith added that “the devil has the world so perfectly at his disposal that it requires few devils to keep it in subjection” and that “the whole legion of devils has nothing to do but look after the ‘Mormons’ and stir up the hearts of the children of men to destroy them—to put them out of existence.” (Journal of Discourses, 5:364.)

The evil one has attempted on many occasions in all dispensations to put out of existence, if you will, many of God’s children. Sometimes he, himself, has assumed the deluder’s role. Other times he has worked through those who have stepped to his side of the line. For instance, in the Book of Mormon, we read of three anti-Christs. Each was deceived, each preached against those who believed in Christ, and each sought openly to destroy the church of God. Their patterns of deceit were similar. They taught false doctrines, spread lies, referred to prophecies as foolish traditions, accused Church leaders of perverting the right way of God, and baited the people by referring to their faith as a foolish and vain hope. (See Jacob 7; Alma 1; and Alma 30.)

When we read about the anti-Christs of former days, we marvel at how perverted their thinking became and we marvel at how successful they were in deceiving men and women. We also wonder why some of the people were so gullible—so easily misled. And with all this marveling and wondering, we tend to niche the anti-Christs in some corner of ancient history and go about our unguarded ways. This is dangerous. It could result in loss of faith; and, in a spiritual sense, it could put us out of existence.

Since the spring of 1820, Lucifer has led a relentless attack against the Latter-day Saints and their leaders. A parade of anti-Christs, anti-Mormons, and apostate groups have appeared on the scene. Many are still among us and have released new floods of lies and false accusations. These faith-killers and testimony-thieves use personal contacts, the printed word, electronic media, and other means of communication to sow doubts and to disturb the peace of true believers.

Two months ago we received a tender letter from a bishop. He informed us that he had been involved in an excommunication of a recent convert. The new convert had fallen under the influence of a very dedicated apostate who was successful in destroying the convert’s testimony. It seems that, to discredit Joseph Smith and subsequent prophets, the apostate cited changes made in Church publications over the years.

The approach used by the apostate is common among those who are more interested in shadows than in light. Their logic, if followed, would have them burning the New Testament because Luke’s account of the gospel is not exactly like Matthew’s or because the book of Acts reports two differing versions of Paul’s vision on the road to Damascus. (See Acts 9:1–9 and Acts 22:4–11.) Belief in modern prophets and continuous revelation is absent in the lives of many apostates. They would pin their hopes for salvation upon things other than those related to living prophets and living faith.

The questions follow: How do we respond to such malicious and evil designs? Do we strike back? Allow me to suggest a course of action—one which is in harmony with the teachings of the Savior, and one which, if followed, will be in harmony with the wise counsel of prophets past and present:

1. Avoid those who would teardown your faith. Faith-killers are to be shunned. The seeds which they plant in the minds and hearts of men grow like cancer and eat away the Spirit. True messengers of God are builders—not destroyers. We send our missionaries into the world to teach and to assist people in receiving truth line upon line until the fulness of the gospel is received. (See D&C 98:112.) As one new convert testified: “My previous church provided me the chapter on mortality. The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints added two more chapters pertaining to the premortal and postmortal existences.”

2. Keep the commandments. President Brigham Young promised, “All we have to do is to go onward and upward, and keep the commandments of our Father and God; and he will confound our enemies.” (Discourses of Brigham Young, sel. John A. Widtsoe, Salt Lake City: Deseret Book Co., 1957, p. 347.) If we obey holy laws, we will take upon ourselves “the whole armour of God” and we will be able to stand against the wiles of the devil. (See Eph. 6:11–18.) Moreover, obedience ensures us of the guidance and protection of the Holy Spirit.

3. Follow the living prophets, as we have just been admonished. One Church leader taught: “Always keep your eye on the President of the Church, and if he ever tells you to do anything, and it is wrong, and you do it, the Lord will bless you for it. … But you don’t need to worry. The Lord will never let his mouthpiece lead the people astray.” (Heber J. Grant, quoted by Marion G. Romney in Conference Report, Oct. 1960, p. 78.) We walk in uncharted mine fields and place our souls in jeopardy when we receive the teachings of anyone except he that is ordained of God. (See D&C 43:2–7; D&C 52:9.)

4. Do not contend or debate over points of doctrine. The Master warned that “the spirit of contention is not of me, but is of the devil.” (3 Ne. 11:29.) We are inconsistent if we resort to Satanic tactics in attempting to achieve righteous ends. Such inconsistency results only in frustration, loss of the Spirit, and ultimate defeat. Remember, “We claim the privilege of worshiping Almighty God according to the dictates of our own conscience, and allow all men the same privilege.” (Eleventh Article of Faith.)

5. Search the scriptures. Few of us would go astray or lose our way if we regarded the scriptures as our personal guide or compass. (See Alma 37:44.) The iron rod is the word of God, and if held to, we will not fall.

6. Do not be swayed or diverted from the mission of the Church. There are those who would draw you off course and cause you to waste time and energies. Satan used a diversion ploy when he tempted Christ in the wilderness. The Savior’s decisive response, “Get thee hence, Satan” (Matt. 4:10), is a proper example for all of us.

7. Pray for your enemies. Christ said to the Nephites, “Love your enemies, bless them that curse you, do good to them that hate you, and pray for them who despitefully use you and persecute you.” (3 Ne. 12:44; see also Matt. 5:44; 3 Ne. 12:10–12.) While on the cross, the Savior pled, “Father, forgive them; for they know not what they do.” (Luke 23:34.) There are many who are kept from the truth—not because they don’t want it, but because they know not where to find it.

8. Practice “pure religion.” Involve yourself in Christian service. Succor the needs of the sick and poor; visit the fatherless and widows, and be charitable to all whether in the Church or out of the Church. (See James 1:27 and Alma 1:30.)

9. Remember that there may be many questions for which we have no answers and that some things have to be accepted simply on faith. An angel of the Lord asked Adam, “Why dost thou offer sacrifices unto the Lord?” He answered, “I know not, save the Lord commanded me.” (Moses 5:6.) There may be times when we are called upon to climb Mount Moriahs and to sacrifice our Isaacs without a full and prior explanation. Faith is the first principle of the gospel; it is a principle of progress.

I suspect that there are few who know better the reality of Satan and his henchmen than does the full-time missionary, for the missionary is exposed to the fiery darts of the adversary, which come whistling overhead as he or she labors in the front lines in our war against sin. However, I promise all missionaries—and all members—that if the nine actions just mentioned are followed consistently, victory will be yours and faith and testimony will be preserved.

At the same time—

1. I assure you that opposition to our cause testifies of its divinity. Would satanic powers combine against us if we were not posing a threat to such powers?

2. I assure you that opposition, if met and overcome, has a refining influence upon our lives. A verse in one of our hymns reads:

When through fiery trials thy pathway shall lie,
My grace, all sufficient, shall be thy supply.
The flame shall not hurt thee; I only design
Thy dross to consume and thy gold to refine.
(“How Firm a Foundation,” Hymns, no. 66.)

The Savior learned obedience by the things which he suffered. (See Heb. 5:8.) Joseph Smith’s oppositions gave him experience and worked for his good. (See D&C 122:7.)

3. I assure you that the waters in which we are wont to swim are but little puddles when compared with the deep rivers of opposition in which the Prophet Joseph and others swam. (See D&C 127:2.)

4. I assure you that our cause is just and it will succeed, regardless of the opposition exerted against us. Earlier Saints were bolstered by these words: “As well might man stretch forth his puny arm to stop the Missouri river in its decreed course, or to turn it up stream, as to hinder the Almighty from pouring down knowledge from heaven upon the heads of the Latter-day Saints.” (D&C 121:33.)

President Brigham Young said: “Every time you kick ‘Mormonism’ you kick it upstairs; you never kick it downstairs. The Lord Almighty so orders it.” (Discourses of Brigham Young, sel. John A. Widtsoe, Salt Lake City: Deseret Book Co., 1941, p. 351.)

With all my heart I implore those who are walking on the fringes of our faith to seek the safety of the center. This can be done best by counseling with your leaders and remaining within the fellowshipping circle of the Saints, and receiving nourishment from the good word of God. Do not permit faithless people to turn you out of the right way or to put you out of existence. (See Moro. 6.)

And I pray for those who deal in the highest form of larceny—that of stripping people of their precious testimonies. Such action, if continued, will lead only to the futility and emptiness of the dream of a night vision. (See 2 Ne. 27:3; Acts 5:33–39.)

God help us all in our war against sin. Though our numbers may be few and our dominions small, may we go forward “armed with righteousness and with the power of God in great glory” (1 Ne. 14:14), is my prayer in the name of Jesus Christ, amen.