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手を差し伸べる――他宗教に敬意を払うことについての一考察

ニュースルーム 2012124日 ソルトレーク・シティー

以下は,ブリガム・ヤング大学の宗教教授であり,宗教教育学部名誉学部長でもあるロバート・L・ミレットが,2012112日のディボーショナルで語った言葉である。

わたしたちは,友情の手を差し伸べようとしている者です。手を差し伸べるためには,広い視野を持つ必用があります。すなわち,神は地上の様々な種類や態度,宗教的動機を持つ男女を通してその業を行っておられるという見方をする必要があるのです。15年前,わたしはビリー・グラハムの自叙伝『ありのままの自分』(Just As I Am)を読みました。わたしにとって,その本を読むことは人生を変えるような経験でした。わたしは南部育ちで,ビリー・グラハムのクルセード(宣教イベント)を見たこともあったので,彼が宗教界における著名人であることをまったく知らないわけではありませんでした。それでも,その本を通して知った事柄に大いに驚きました。貧富の差,肌の色,階級の差を問わず,彼が人々に与えた善い影響に,わたしは圧倒される思いでした(合衆国大統領の中にも,彼から霊的助言を受けていた人もいたのです)。神を恐れ,キリストのメッセージを地の果てまで携えていくことこそ自分が神から受けた召しなのだと信じたこの善良な男性のことが,その本を読むことを通じてよく分かるようになりました。居間の椅子に腰掛けて,最後の1ページを読み終えたときのことを覚えています。本を置いたわたしは,「おお!」と,かなり大きめの声でうなりました。妻のショーナが,「何て言ったの」と問うので,「すごいよ,この人の人生!」と答えました。神がこの純粋で謙遜なノースカロライナ州出身の説教者を通して驚くべき業をなさったことに,心の底から感動していたのです。

グラハム氏の自叙伝を読んで間もなく,ブリガム・ヤング大学の教授仲間から,当時末日聖徒イエス・キリスト教会の十二使徒定員会の一員であり,後に第13代大管長として奉仕した,エズラ・タフト・ベンソン長老の総大会説教の一節を紹介されました。「全人類の父である神は,地上の人々,特に善良な人々を使って,御自分の目的を果たされます。これは過去においても現在においても真実であり,未来においても真実です。」そう語ってから,ベンソン長老は1928年の総大会のオーソン・F・ホイットニー長老の言葉を引用しました。「神は御自分の偉大な驚くべき業を達成するために複数の団体を用いられます。末日聖徒だけですべてを行うことはできません。それは,どの宗教団体にとっても,独自で行うにはあまりにも広大で,骨の折れる仕事です。……わたしたちは〔他の宗教の人々と〕言い争うこと必用はありません。彼らはある意味で,わたしたちのパートナーなのですから。」〔1

神はわたしたち一人一人を愛しておられると,わたしは確信しています。神はわたしたちの天の父親であり,優しい目でわたしたちをご覧になっています。悪の勢力が増し続ける一方で,世界中の驚くほど多くの男女が偉大な光と知識に導かれ,自分が堕落した状態にあること,霊的に変わらなければならないこと,さらに偉大な光と真理が必要であることを悟り始めています。CS・ルイスはかつてこう述べました。「自分ではまだ認識してはいないが,ゆっくりとクリスチャンになりつつある人々がいる。彼らはキリストに関するクリスチャンの教義をすべて受け入れてはいないが,キリストに強く心をひかれ,自分で認識するよりはるかに深くキリストの弟子となっている。」ルイスは続けてこう述べています。「彼らは神の密かな影響に導かれ,自分の信念とキリストの教えの共通点に着目し,その結果,自分で気づかないままキリストの弟子となっているのだ。」〔2

末日聖徒イエス・キリスト教会が大切にしている重要な原則の一つは,広大な思いを抱かせてくれるキリストの永遠の福音です。キリストの永遠の福音とはすなわち,アダムとエバの時代から現在に至るまでのキリスト教の預言者たちが宣言してきたクリスチャンの教義であり,執行してきたクリスチャンの儀式です。ですから,真理の一つ一つが,大きなモザイク画の一つ一つの小片のように,世界中の様々な文化や宗教団体に見られることは,理にかなっています。さらに,世界が背教と回復を経る課程で,啓示として与えられた教義の遺物は残ったものの,変えられ,さらには複雑なものにされました。教会の第6代大管長のジョセフ・F・スミス大管長は次のように説明しています。「時代の移り変わりの中でばらばらに砕かれた真理の小片を見つけたのなら,それは真理の源から出て来て,神の霊感によって哲学者,発明家,愛国者,改革主義者,そして預言者に与えられ明白な事実として理解してもよいでしょう。それは初めより御子イエス・キリストと聖霊を通してほかのどこからでもなく神により与えられたのです。真理は永遠です。」〔3

わたしは末日聖徒イエス・キリスト教会に計り知れないほど感謝しています。しかし,それと同時に,他の宗教の人々の目をのぞき込み,彼らの善良さを感じ,その決意を理解している自分がいることに,ますます頻繁に気付くようになりました。神が彼らを御存じで,彼らを愛しておられること,そして神がわたしに彼らを愛し,尊敬し,よりよく理解するように望んでおられることを,ますます実感するようになっているのです。わたしはモルモン書の次の言葉に感動を覚え,動機付けられています。「見よ,善悪をわきまえることできるように,すべてにキリスト御霊が与えられているからある。さて,その判断の方法あなたがたに教えよう。善を行うように誘い,またキリストを信じるように勧めるものすべて,キリストの力と賜物よって送り出されているある。したがってあなたがたは,それが神から出ていることを完全に理解してわきまえることできる。」(モロナイ716)

手を差し伸べる業を実践することは,十二使徒定員会の会員であるM・ラッセル・バラード長老の言う「包容の教義」に従うことです。バラード長老はこのように教えています。「わたしたちの教義と信条はわたしたちにとって大切なものです。わたしたちはそれを深く信じ,いとおしんでいます。 わたしは決してそのようにすべきでないと提案しているので はありません。逆 に,わたしたちの特異性と,回復されたイエス・キリストの福音のメッセージが持つ特殊性は世の人々に明確な選択をさせるために,不可欠な要素なのです。またわたしは,自分や家族を霊的な危険にさらすような関係に身を置くよう提案しているのでもありません。」1978年の大管長会メッセージを引用しながら,バラード長老はこう明言しました。「わたしたちのメッセージは……宗教的信条や人種,国籍にかかわらず,すべての男女の永遠の福利に特別な愛と関心を寄 せるというものです。なぜなら,わたしたちは同じ永遠の 御父の息子,娘であって,真の兄弟姉妹であることを知っているからです。」〔4

ブリガム・ヤング大管長はこう説明しています。「わたしたち末日聖徒は,まことに勝手ながら他のキリスト教の兄弟たちより多くのことを信じさせていただいています。聖書を信じているだけでなく,イエス・キリストがわたしたちに与えられた救いの計画全体を信じています。わたしたちは,主イエス・キリストを信じるほかの人々と違っているでしょうか。いいえ,ただより多くのことを信じているだけなのです。」〔5〕言うまでもなく,この「より多くのこと」こそ,キリスト教世界の多くの人が,わたしたちに対して不安と疑問を抱く原因です。しかし,この「より多くのこと」によりわたしたちは宗教界で大きな貢献をすることができるのです。

年を重ねるごとに,偶然というものを信じなくなりました。皆さんのようにわたしも,神がわたしや皆さん一人一人のために神聖な計画をお持ちであると信じています。わたしは,生活の中にある,調和のとれた出来事や,日々の人とのつながりや,すべてのことに神の御手があることを喜んでまた前向きに受け入れています。神がわたしたちを祝福し啓発してくれる人々をわたしたちの人生に送ってくださっていると信じています。そして,神がわたしたちを人々と結びつけ,そのつながりによって,いつか扉が開らかれ,壁が取り去られ,主の業がさらに推し進められるようなることを知っています。それゆえに,教会の第14代大管長であるハワード・W・ハンター大管長が述べたように,わたしたちの責任は「地上のすべての人の間で愛と理解の輪を広げる」ことなのです。〔6

ジョセフ・スミスはこう述べました。「もし人類が間違いを犯していると思ったら,わたしは彼らを責めるでしょうか。いいえ。彼らを高めようとするでしょう。もしわたしの道の方が良いことを納得してもらえなければ,彼らの道に従って高めようとするでしょう。強制的に自分と同じように臣事させようとはせず,ただ理を説くだけです。いずれにしても真理は自らの道を切り開いて進むからです。あなたがたはイエス・キリストと,イエス・キリストが明らかにされた救いの福音を信じているのですか。わたしも信じています。クリスチャンは互いに口論し論争するのをやめて,自分たちの中に結束と友情の原則を奨励するべきです。」〔7


1Conference Report19724月,49Conference Report19284月,59を引用

2Mere Christianity1996年)178

3Gospel Doctrine1971年),31395 398400 Journal of Discourses,第15325も参照

4Conference Report200110月,4445

5Journal of Discourses,第13巻,56;強調付加

6That We Might Have Joy1994年),59

7Teachings of the Prophet Joseph Smith1976年),314

手を差し伸べる――他宗教に敬意を払うことについての一考察