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「黄金の選択の糸」

 

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「黄金の選択の糸」十二使徒定員会会長ハワード・W・ハンター聖徒の道1990年1月号、17からの抜粋

わたし一つ神が人に与えられた賜物の中でも最も貴重な賜物の一つについて,お話ししたいと思います。それは,自由すなわち選択の自由です。つまり,何を信じ何を信じないかを選び,自分がどのような人間になり,どのようなことを行なうかを選ぶ,絶対的かつ神聖な権利です。

わたし一つわたしたちの精神は自由で気高く,絶えず進歩するものです。このようにわたし確信できる理由の一つは,わたしたちはずっと以前から今と同じ個性を備えた人として存在し,選択の自由を持っていたことです。これは新しい考えであるという人がいるかもしれません。しかし,聖書は,人生は永遠のものであるという見解を明らかにしており,人生は,この世が創造される以前にも,また永遠の未来へも広がっていると教えています。

神はエレミヤにこのように言われました。「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに,あなたを知り,あなたがまだ生れないさきに,あなたを聖別し,あなたを立てて万国の預言者とした。」(エレミヤ15)

天の御父は,わたしたちがこの世においても成長し,自由に選択し学ぶことによってさらに進歩するように望まれました。御父はまた,わたしたちがこの世において与えられた肉体を制御し,信仰と選択の自由を働かせるように望まれました。

このようにして,人はエレミヤのように,文字どおり神の霊の子として,この世にやって来ました。わたしたちは,信条や信仰など,自分の歩む道を自ら選択する特権を与えられています。「人の子らは……すでにとこしえに自由となり,善悪を知るようになっている。彼らは……思いのままに行動することができ,強いられることはないのである。そのため,…

…すべての人の偉大な仲保者を通じて自由と永遠の命を選ぶことも,あるいは悪魔の束縛と力に応じて束縛と死を選ぶことも自由である。」(2ニ一ファイ22627)  

この選択の自由という賜物とその計り知れない価値について十分理解するためにどうしても必要なことがあります。それは,神が用いられる方法は,説服と忍耐によるものであり,強制や厳しい対決によるのではないということです。神は善意にあふれやさしく導き,常にわたしたちの選択の自由と独立を尊重しておられます。神はわたしたちを助けたいと望み,その機会を備えておられますが,わたしたちの選択の自由を侵してまでそうされることはありません。

選ぶ自由を与えられたわたしたちは,実際には誤った選択をしたり,人を傷つけるような選択をすることがあります。しかし,そのときこそ,イエス・キリストの使命と憐みが力と栄光を示すときです。イエスは人々の誤った選択によって生じた結果をその身に引き受けてくださいました。主は,わたしたちの間違った選択の結果を贖うためにご自身をささげられたのです。キリストは,わたしたちのために天の御父が備えてくださった助け主であり,わたしたちが選択の自由を働かせるときに犯す過ちや愚かな行ないに対して,前もって代価を払ってくださったのです。わたしたちはその贖いの恵みを受けるために,主の賜物を受け入れ,過ちを悔い改め,主の戒めに従わなければなりません。

その賜物は常にあります。道は常に開かれています。わたしたちは,真っ暗やみの中をさまよい,悲惨な過ちを犯したときでも,常に神の御子に心を向けて生きなければなりません。

私たちがそれぞれみずからの約束の地と輝かしい未来に向かおうとするとき,主はこの選択を私たちの前に置かれます。私たちには,永遠の救いと平安へ至る道を選ぶ自由が与えられ,またそのために必要な助けや励まし,知識が授けられています。しかし,実際にその道を選ぶかどうかは私たちの自由です。選択の自由は,この世が創造される前から神の命令によって私たちに与えられているのです。

私たちの将来は私たち自身の決定に基づくものであることを覚えておきましょう。願わくは,私たちが信仰と自由意志を行使して,救い主の福音の計画を通して神が備えてくださった祝福にあずかれますようにイエス・キリストのみ名によりお祈りいたします。アーメン。