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末日聖徒イエス・キリスト教会の歴史と情報

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目標を設定する:1世紀以上を経て今も活きるジョン・A・ウイッツォー長老の助言

写真:1933年度卒業式でのBYU理事会役員。(左から右へ)BYU学長フランクリン・S・ハリス博士,教会大管長ヒーバー・J・グラント,教会顧問アンソニー・W・アイビンス,上院議員および十二使徒評議会会員リード・スムート,十二使徒評議会会員デビッド・O・マッケイ(後の教会大管長),十二使徒評議会会員ジョン・A・ウイッツォー。デゼレトニュース・アーカイブス(デゼレトニュース・アーカイブス)提供

毎年多くの人が,前の年より少しでも良くなろうと決心します。ジムに通う回数が増え,新鮮な果物と野菜を買い,聖文研究にもより熱心に取り組みます。しかし,こうして良い目的で始めても,ウォーキングマシーンは止まったままとなり,食べ物は腐り,聖典もほこりをかぶってしまう結果となることがあります。

書き出さない目標はただの望みにすぎないと言われてきました。おそらく計画性に欠けていることが,決心が続かない理由の一つでしょう。毎日の生活にじゃまされるという人もいて,新年の決意がただの思い出となり,失望に終わってしまう人がたくさんいます。しかし,どのような人生を送るかはその人次第であり,イエス・キリストを中心に生活することで,様々なことを達成できるのです。 

「人生で幸福を得るためには,清い心と明らかな良心を持ち,主を畏れ,主の戒めを守ることである。そこでわたしは今後の生活を正す意味で次のような実行目標を立てた。創造主であり,全能の御方である主がわたしを助けてくださるようにと願っている。」

これはジョン・A・ウイッツォーが19歳のときに語った言葉です。後に使徒となった彼は,今から100年以上も前に,生涯の指針となる17つの決意をしたためました。これらの決意は,人生を計画し,時間を賢く使おうとする今日のわたしたちにも当てはまります。

ジョン・アンドレアス・ウイッツォーは,ジョン・A・ウイッツォーとアンナ・カリン・ガーデンを両親に1872年にノルウェーで生まれました。1878年,夫と死別したアンナ・ウイッツォーは幼いジョンと生まれて間もないもう一人の息子を連れて,親戚のいるトロンドハイムに移りました。

その地で末日聖徒となったアンナは,1884年に息子たちとともにユタ州ローガンに移り住みます。ジョンは17歳でローガンのブリガム・ヤングカレッジに入学し1891年に卒業しました。その年の11日に,ジョンは罫線の入った紙に次のように書いたのです。

「決意:

1.科学の中の科学である宗教に,生涯第一の関心を寄せる。

2.毎日ひそかに神に祈る。

3.毎日神と神の属性について考え,自分も神のようになるよう努力する。

4.どこでどのように与えられるかにかかわりなく,光と知恵と知識を受け入れる。

5.一度正しいと確信したら,その原則,信条,宗教を認めることを決して恥としない。

6.時間を一瞬も無駄にせず,自らを改善するために有効に使う。

7.暴飲暴食をしない。

8.それが人生で残された最後の1時間だとしたら恐らくしないだろうと思えることは,決してしない。

9.毎日神の言葉を読み,神の御心を学び,慰めと力と勇気を得る。

10.純粋で簡潔な真理だけを語る。

11.自分の義務だと思われることや,同胞にとって最も益となることを常に行う。

12.生命のあるかぎり全力を尽くして生活し,生けるしかばねのような生き方はしない。

13.言葉や態度で相手を無理に自分の意見に従わせるようなことをせず,ただ自分の意見と主張を率直に述べるようにする。

14.すぐに腹を立てたり,大声を出したり,いらいらしたりする癖を含め,何であれ,隣人の気分を損ない,自分自身を傷つける振る舞いを改める。

15.母親に対する義務を一瞬たりとも忘れない。現在のわたしがあるのも,将来のわたしがあるのもすべて母親のおかげである。わたしのために人生の大切なひとときを使ってくれた母親に,与え得る限りの愛と誉れと敬意をささげなければならない。同様に,兄弟や友人,同胞に対する義務も忘れないようにする。

16.やり始めた仕事はすべて成し遂げる。また,責任を引き受ける前に,それを行う目的とその結果についてよく考える。

17.出会う人々すべてが自分の兄弟姉妹であることを常に忘れず,隣人の目からちりを取ろうとする前に,自分の目にある梁を探す。」

ウイッツォーが母親に対して義務感を抱いたのも当然のことでした。アンナは自分の地所を担保に借金をし,そのお金で息子をマサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学へ通わせたのです。彼は4年の課程を3年で終了し,最優秀の成績で卒業しました。

その後ローガンに帰り,ユタ州農業大学(現ユタ州立大学)の教授の職を得ました。1898年,リア・ユードラ・ダンフォードと結婚し,ドイツに移りました。ゲッティンゲン大学から博士号を取得しました。ウイッツォーは再びローガンに戻り,農業大学で農業研究学部を創設しました。彼が開発した科学乾地農学と灌漑方法は世界中の乾燥地帯で使用されました。

ウイッツォーは1907年から1916年まで農業大学学長を,1916年から1921年まではユタ大学で学長を務めました。1921年にジョン・A・ウイッツォー長老は使徒に聖任され,1952年に亡くなるまで使徒としての務めを果たしました。

晩年,ウイッツォー長老は次のように語っています。「無私の生涯を送り,神と人に仕え,人類がもっと良い人となるように生産的に時間と才能を使うように努力した人,と言ってもらえるようになりたいものです。」

彼の生涯は人々への模範でした。また,その業績は世界中の人々に恩恵をもたらしました。ウイッツォー長老の話がインスティテュート『福音と実りある生活』の教師用テキストに紹介されています。「多くの人は目標を立て,時間を有効に管理することが苦手であると書かれ,より良い生活を送り,よりよく奉仕できるための3つの原則が挙げられています。

1.価値ある目標を設定することにより,生活に指針が与えられる。

2.様々な分野において,目標を設定すべきである。

3.時間を管理することで,生活をコントロールできるようになり,さらに効果的に仕えることができる。

197410月の総大会において,当時十二使徒定員会会長だったエズラ・タフト・ベンソン大管長は次のように述べました。「責任を負うことができるすべての神の子は,目標,すなわち短期目標と長期目標を定める必要があります。適切な目標を達成しようと邁進している人は,落胆の気持ちなどすぐに打ち砕いてしまいます。そして,一つの目標を達成すると,すぐ新しい目標を定め,こうしていつも目標を持ち続けるのです。わたしたちは毎週聖餐を受ける度に,イエス・キリストの名を受け,いつも御子を覚え,また主の戒めを守るという目標に対して決意を新たにします。

聖典には,イエス・キリストが御自分の使命に備えるに当たって,『ますます知恵が加わり,背たけも伸び,そして神と人から愛された』と書かれています(ルカ2:52)。これには霊的,知的,肉体的,社会的な4つの面が関係しています。また主は,『あなたがたはどのような人物であるべきか。まことに,あなたがたに言う。わたしのようでなければならない』と言われました(3ニーファイ2727)。わたしたちは,主の足跡をたどり,主と同じようにすべての美徳を備え,主を拝し,わたしたちの召しと選びを確かなものにするために励むという生涯の目標を持っています。』

ウイッツォー長老は「永遠の命に導きたまえ」(Lead Me Into Life Eternal)という賛美歌を書いています。その歌詞の中に,長老の神への誓いと,キリストと福音を「生涯の指針とする」決意を見ることができます。

「父よ,わが全霊を汝にささげん;

わが働きはすべて汝のものなり」

2012年を始めるに当たり,「目標とは予想される成果」であることを覚えておくことは大切です。

目標を記したリストと達成する決意を胸に,わたしたちも19歳のウイッツォー長老のように成功するための計画を立てようではありませんか。