モルモン

とは?

What of the

Mormons?

 

喜びを分かち合う

「種播く者」となろう

昇栄への備え、渡部正雄、株式会社フリーマン、pp119−124
 

 

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「神はまた言われた、『地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ』。そのようになった。」(創世記一章十一節)

「さて、あなたがたがわたしのもとに導いてわたしの父の王国に入れるようにした、一人の人とともに受けるあなたがたの喜びが大きいならば、もし多くの人をわたしのもとに導くとすればその喜びはいかに大きいことか。」(教義と聖約十八章十六節)

「日々によき種と悪しき種蒔く」美しい賛美歌のメロディーにうっとりしていた私の耳に、「そこで、種まきの譬を聞きなさい。」(マタイ十三章十八節)主の御声がささやきました。さらに、

「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。」(マタイ十三章二十四節)

一九五〇年三月二十六日早朝、この聖句は深く私の心に刻み込まれました。これを幾度か心の内に繰り返している時、再び雷鳴の如く予言者エゼキエルの言葉が耳を打ちました。

「人の子よ、わかしはあなたをイスラエルの家のために見守る者とした。あなたはわたしの口から言葉を聞くたびに、わたしに代わって彼らを戒めなさい。わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言うとき、あなたは彼の命を救うために彼を戒めず、また悪人を戒めて、その悪い道から離れるように語らないなら、その悪人は自分の悪のために死ぬ。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。しかし、もしあなたが悪人を戒めても、彼らがその悪をも、またその悪い道をも離れないなら、彼はその悪のために死ぬ。しかしあなたは自分の命を救う。」(エゼキエル三章十七〜十九節)

「見よ、わたしは、人々に証し警告するためにあなたがたを遣わした。警告を受けた人は皆、その隣人に警告しなければならない。それゆえ、彼らは弁解の余地がなく、彼らの罪は彼ら自身の頭にある。」(教義と聖約八十八章八十一、八十二節)

私は悔い改めて、鯨の腹から吐き出されたヨナのように立ち上がりました。私の隣人とは誰であろうか。汽車や電車、バスの中で私の隣に座る人は私の隣人ではなかろうか。「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。」(マタイ二十二章三十九節)それ以来、私の隣に座る人はもう私にとって見知らぬ他人ではありませんでした。わずか一日でもバスや電車、汽車で私の両隣には多くの人が座りました。最初は何だかきまりが悪くて伝道のチラシを出したり引っこめたりもじもじしました。

「なに故かく臆するか、信仰なきは何ぞ」弟子たちを警められた主の声が強く響きました。いつ、どこで、どんな人が神の言葉を求めながら、見つけられずにいるかわかりません。「わたしの羊を飼いなさい。」(ヨハネ二十一章十七節)三度ペテロに念を押して、「わたしに従ってきなさい」と言われた主のみ声。私は、毎日隣に座る人に必ずチラシを手渡しました。気持よく受け取ってくれるとほっとします。そしてそれを読んでくれると嬉しくなります。さらに尋ねられるとすっかり嬉しくなって夢中で教会のことを説明します。そして教会に訪ねて来てくれた時の喜びは、到底口に言い表わすことができません。宣教師のレッスンを受け、バステスマを受ける日が来た時、私の胸は冒頭の聖句の感激に高鳴るのです。

「私についてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」(マルコ一章十七節)今や主のみ声がはっきりと聞こえ、「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」(マタイ二十八章二十節)と言われた主と共に働く感激に浸るのです。

しかし、このような良き地に播かれることは、何千何百回に一回か二回です。「召される者は多いが、選ばれる者は少ない」(教義と聖約百二十一章三十四節)差し出したチラシを受け取らずに外方を向く人、「私は自分の信仰を持っているから要りません」と断わる人、「いらんお世話だ」と行ってしまう人、受け取った後くしゃくしゃと丸めて踏みつぶす人、「キリスト教で世の中が救えますか。あなたたちは偽善者だ」と挑戦して来る人。こんな時、いつも私を励ましたのはパウロの言葉でした。「主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔い改めの心を与えて、真理を知らせ…」(第二テモテ二章二十四、二十五節)

チラシを渡したのを機会に、逆に私を改宗しようと熱心に自分の教義を説いて来る人、その時私の耳にささやくのは、やはりパウロの言葉でした。「あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。」(第一ヨハネ二章二十七節)ただ、私は聞き上手な人になるように努めました。シュヴァイツァー博士が、「要は教義上の問題ではなく愛である」と言った言葉をよく思い出しました。隣人と議論するよりまず隣人を愛すること、自分が正しいと主張するより何か手伝うことです。こうして一年、三年、十年、二十年とたった今日、私は多くの人々と語りいろいろな経験を持つことができ、そして何人かの人と主のみもとで永えに兄弟姉妹として結ばれる仲となったのです。その中には私の隣に座った人との会話を聞いていて、わざわざ遠くから席を立って求めて来た人、また私が毎日隣に座った人にチラシを渡し、キリストの話をしているのを見て、自ら私の隣席に座った人もいました。

十一弟子たちがオリブ山上に登り主に謁えた時、主は、「それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として…」(マタイ二十八章十九節)と言われました。私は幸いにして世界一の国際都市東京に住んでいるため、世界中のいろいろな民が私の愛する隣人として隣に座ります。カトリックやプロテスタント派の米国人、英国人、ドイツ人、フランス人と親しく語り合うこともできました。あるギリシャ正教のロシア人は、ぜひ自分の家に遊びに来てほしいと住所を教えてくれ、またソ連国籍(当時)の御婦人は、私の渡したチラシを見て次の日曜日に御主人を同伴して、東京中央支部(現在の渋谷ワード)に私を訪ねて来てくれました。

電車の中で日本人と思ってチラシを渡したら首を振るので、中国語で、話しかけたらとっても喜んで、「昨日台北から着いたばかりだ」と。台北にも末日聖徒イエス・キリスト教会があることを話し教会について少し説明したらとても喜んで、「帰国したらぜひ訪ねてみる」と言って、降りていきました。

ある時、代々木の回教寺院に詣でる可愛いパキスタンの子供たちと東横線で同席しましたが、モルモン教の名を知っていていろいろ熱心に質問をしてくるのには感心し、彼らの宗教教育がいかに徹底したものであるか驚かされました。

私たちは乗り物に乗って、入れ替わり立ち替わり隣席に座り合わせる人を、見知らぬ他人のように思っていますが、話しかけてみると、意外に関係のある人がいるものです。親類や、友人の友人、同郷同窓であったりします。そうすると急に親しさを増すのですが、大体どんな人でも赤の他人ではないはずです。それは、前世において私たちは、皆同じ天父の子として一家族でした。親族どうしで結婚をしていないものとして私たちの先祖を一代を三十年としてわずか千年遡れば十億人となります。これだけの先祖となるということは、いかに一億の人口とはいえ日本人は皆互いにどこかで繋がっている親威だということになります。

電車の中で隣の人に福音を伝えたら、「懐かしいですね。私が監獄にいた時によくあなたのような方が来て、やさしく話をしてくれましたよ。実は殺人罪でしばらく入っていたのですが、昨日出所したばかりなんですよ」と言われてびっくりしました。ある時は、汽車の中でとてもよく話を聞いてくれた隣席の人が、「ほんとうにありがとうございました。お陰で生きる望みが湧いてきました。自殺をしようと決心していたのですが、立ち直れます。御恩は一生忘れません」と感謝されました。

車中伝道において注意しなければならないことがあります。話に夢中になって自分の降りる駅を通過するのはまだよいのですが、相手の人を乗り越させてしまうことです。また車中、チラシやパンフレットを配り歩く時は、あらかじめ車掌の許可を受けること。私は再三注意され、「今度犯したら交通法に従って下車させる」と警告されたので、許可を受けるため車掌のところに行ったら、「隣の人に手渡す程度なら、いちいち許可を受けに来なくてもよいです」と言われたのでその後、その通りに実行しています。

一九七〇年、大阪で開催された万国博で七百万の日本人がモルモン館に入館しました。皇太子殿下や三笠宮殿下もお入りになられました。車中伝道をしていて、実に多くの人がモルモン館を通じて、この教会を知っているかに驚かされます。十五人に一人は、モルモン館に入っている割合いですから無理もありません。

最後に私は、主の戒めに従って主の僕として忠実に働いている限り、「汝らと共に在るなり」と言われた主は、常に私たちと共にあって守って下さっているという証をさせていただきます。

二十年程前、仙台支部支部長時代に仙台の公会堂で教会堂建築資金のため、玉生バレー団の協力を得、マース伝道部長のお嬢さんのペギー姉妹とツーラ長老を招いて歌っていただいたことがあります。その入場券を米軍の川内キャンプの家々を廻り廻りながら売り歩いていた時のことです。憲兵司令官の家を訪れた時、昼休みで帰宅していた司令官が出て来て、「お前は誰の許可を得て一軒一軒売り歩いているのか。直ちに止め、明朝十時憲兵隊に出頭せよ」と言い渡されてしまいました。

翌朝十時、私は緊張して法廷に立ちました。私の前に立った司令官は、まず私に偽りを言わざる宣誓をさせました。次いで再び、「お前は誰の許可によってこのような行為をしたのか」と問われました。しばし黙祷して立っていた私の耳に、「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。あなたには、わたしがついている。」(使徒十八章九、十節)とパウロを励ました主の声が響いてきました。「わが主イエスの命により」力強い言葉が私の口をついて出ました。

沈黙が数分間続きました。直立していた司令官の顔がだんだんとほころんで行き、やがて向きを変えた司令官は、その部屋に在席していた人々に、「○月○日、公会堂においてバレーと歌の催しがある。参観希望者は、手を挙げなさい」と聞かれました。十人ほどの手が挙がり、再び私に向き直った司令官は、「一等席の券を十枚欲しい。さらにお前にこのキャンプ内での券の販売を許可する」と言われました。主は誠に生きて私と共におられたのです。感謝の涙が止めどもなく私の頬を伝わりました。

また若竹キャンプ内の道路上で券を売っていた時にも二世の将校に捕まってしまい、私は将校室に連行され厳しく追求されました。同胞であるのにと、悔し涙が込み上げて来て、私は夢中で叫びました。「あなたは日本人ではありませんか。この敗戦の荒れ果てた祖国の地で、主の光を待ち望んで主の宮を建てようと懸命に努力し、食うや食わずの日々の生活を送っている私たち同胞の気持がわからないのですか」。それでも彼は私の言葉を制止しようとしました。突然横から、「Mr.Watabe. Give me one ticket.」(渡部さん、券を一枚下さい)と若い女性の声がしました。私が教えている夜間学校の生徒が、彼の秘書をしていたのです。私の手から嬉しそうに券を買い取る秘書の姿に、彼はきまり悪そうに何も言わず私を釈放したのです。

ある時支部の会員である兄弟のために、証人として法廷に立ったことがあります。彼は、確かな信仰を持ち支部内でも活発に活動していたのですが、サタンの誘惑に陥って罪を犯し、有罪の宣告を受けたのです。正面に裁判長ならびに裁判官を左右に検事、弁護士など厳めしく列席する中に、私はカヤパやピラトの法廷に立った主のことを思いました。その兄弟に対する愛情は、彼の信仰を賛える燃えるような証となって私の口からほとばしり出ました。十分、二十分法廷は、水を打ったように静まって咳ひとつする人はいませんでした。私が証言を終えた時、静かに□を開いた裁判長は、「ありがとうございました。よく判りました」と頭を下げられたのです。主は実に生き給いて私と共にいて下さいました。昇栄への備え、渡部正雄、株式会社フリーマン、pp119−124.