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(両親は挑まれて結婚した)」よりの抜粋、カールフレッド・ブロードリック著 (前にロースアンゼレスステーク会長)

ここで3つ目の話をしたいと思います。その一つはわたしが何年も前にホームティーチングで訪問した一人の姉妹についてです。この姉妹はすごい人でした。当時の十二使徒定員会会長だったベンソン長老は、それぞれのステークでステーク大会を開くスケジュールを作って配布するという責任を持っていました。わたしたちはもう何年もステーク大会は母の日に決まっていました。カーネーションがセールになっているので、お金を節約するにはもってこいだったのです。しかしこの姉妹は、なぜ自分のステークがいつも母の日に開かれなければならないのか、と言うのでした。彼女はカーネーションと姉妹たちに対する尊敬が欲しいと言いました。ついに、彼女はベンソン会長宛てに、大切な「母の日」を祝わないなら、悔い改めをするようにという厳しい内容の手紙を書きました。神権指導者たちはいろいろ話し合いましたが、頼りにしていた神権指導者はどこへ行ってしまたのでしょう。しかしステーク大会の日程が変わったのです。これでこの姉妹がどんな人かわかるでしょう。良い人なんですが、物怖じするようなタイプではありません。

 とにかく、私は彼女のホームティーチャーでステーク会長でもあったのです。彼女はまた、風邪ぐらいなら、夫に祝福を与えてもらえばいい、しかしもっと重い病気の場合には、少なくともビショップぐらい、ステーク会長ならもっと良いと強く感じていたのです。もし中央幹部が何かの理由で自分たちの地域に来ているならば、それが一番良いというのです。彼女は本物が欲しかったのであって、地元の人間では満足できなかったのです。

 娘が23人いて、出産のときに問題があって、帝王切開で生まれました。医者は彼女の命が危なかったとこのように言いました。「あなたの子宮の膜はとても薄くて、私の手が透けて見えるほどでした。また妊娠したら大変危険です。もし命を無駄にしたくないのなら、妊娠はあきらめなさい。おわかりですね。ですから、子宮を摘出しましょう。」それを拒む彼女に、医者は言いました。「万が一、また妊娠したら、命はありませんよ。」それでも彼女は断り続けました。とうとう医者は、「それでは仕方がない。ただし、もう一度妊娠したら、死ぬことを覚悟してください」と釘をさしたのです。  

 それから4年間は何事もなく過ぎました。私は「Saturday’s Warrior(土曜日の戦士)」の見すぎではないかと言ったのですが、彼女は一人の男の子が自分の家族に生まれてくるのを前世で待っていると固く信じていました。夫は言いました、「冗談じゃない。また妊娠して、君がいないのに僕一人で子供たちを育てろと言うのかい。とんでもない。僕はそんなことは絶対いやだ。医者から言われているだろう?絶対そんなことはだめだ。」

 「でも、私たちにはもう一人の子供が待っていると思うのよ。」

 「絶対だめだ。君の命と引き換えにそんなことはできない。3人の娘を僕一人で育てるなんて、できない。悪いけど、答えはノーだ。」

 「じゃあ、ブロードリック会長が来るとき、祝福をしてもらうわ。」

 もちろん、私は夫の言い分に賛成しました。そんな重大な責任を取りたくはありませんでした。それは医者の領分です。ですから、彼女がもう一人子供が欲しいという気持ちには賛同できずに言いました。「○○姉妹、それはちょっと無理な話ですよ。」しかし、彼女は一度こう思ったら、そう簡単に考えを変えるような人ではなかったのです。仕方なく、夫と私は彼女の頭の上に手を置きました。自分でも信じられなかったのですが、私は彼女に「だいじょうぶ、もう一人子供を生みなさい。何も問題なく無事に生まれるでしょう。大きな男の子が授かり、すべてはうまく行くでしょう。」と、言っていたのです。夫は憎悪の目で私を見ていました。私はそそくさと立ち去りました。

 しかし本当に祝福の言葉通りになったのです。主が疑問への答えを与えてくださったのです。彼女は妊娠し、医者は首を振っていました。そして元気な男の子が生まれました。問題は何もありませんでした。子宮にも何も問題なく、赤ちゃんも正常でした。唯一つちょっとした出来事がありました。ちょっとではありません。大きな出来事でした。彼女は病院でヘイバーマン氏病という血液の病気に感染してしまったのです。それまで聞いたこともない病気ですが、その後も聞いたことはありません。しかし、はっきりと記憶に刻み込まれています。彼女の体中に赤い斑点ができて、手とか背中とかの皮膚をかきむしりたくなるほどでした。ひどいときには、体中が200以上もの斑点で覆われていたのです。横になることも、座ることもできず、どんな姿勢でもいたたまれない気持ちがしていました。見た目もひどいもので、直径3センチほどもある斑点が赤く腫れていました。症状を軽くする薬はあったのですが、この病気を完治させるというものではなく、ただ症状を無くして普通に生活できるようにするというものでした。しかしこの薬を使用すると、赤ちゃんに母乳をやることはできなくなってしまうのです。

「会長は祝福の中で、この子に乳をやることができると約束してくれました」と彼女は言いました。

 「そうですが、そんなことを言われても、困ります?」

 彼女は言いました。「会長は約束してくれました。主がこの子に乳をやることができると約束されたんです。でもこの薬を飲むと、母乳をやることができません。ですから何とかしてください。」

「哺乳ビンをお使いなさい。そうすればご主人も夜中に手伝うことができるから、いいじゃないですか。薬をお飲みなさい。そうすればあなたの症状は軽くなるんだし。赤ちゃんはだいじょうぶ。こんなに良い子がうまれたんですから。」と私は言いました。

 彼女は私の言葉を聞き入れませんでした。赤ちゃんを母乳で育てるために、この病気を取り去るように祝福をしてくれと言い張るのです。私は自分が彼女のホームティーチャーやステーク会長であることを悔みましたが、仕方なく、彼女の頭に手を置きました。そして彼女の病気が癒えて、赤ちゃんに母乳を与えることができると言っている自分の声を聞きました。その後すぐに、ミーティングに出席するためにニューヨークへ向かいました。彼女が赤ちゃんに母乳をあげることができるか、その場にいて見届けなくてよいことにホッとしていました。

 私が彼女に祝福を与えたのは日曜日の夜でした。水曜日の夜中の2時、電話が鳴って深い眠りから目が覚めました。私はこの全国的な組織の会長でした。そして翌日の夜の会で会長としての演説をすることになっていたので、そのことが気にかかっていました。ですからなかなか眠れなかったのですた、なんとかやっと眠りについたところだったのです。電話で起こされた私に、彼女はこう言いました。「赤い斑点が消えるって約束してくださったのに、消えるどころかもっと悪くなってきているんです。医者にも見てもらったんですが、確かに悪化していると言われました。もうメチャクチャです。約束してくださったじゃないですか。私にできることはすべてやりました。今日は一日中、私が怒らせたかもしれないと思う人たちに電話をかけて謝りました。子供の頃からずっとです。『もし私が会長を怒らせるようなことをしたんだったら、謝ります。』私がこれまで何か過ちを犯したなら、それを全部正そうとしているんです。でも、それでも斑点は消えないんです。なぜなんですか?」

「なぜなのか、私には皆目見当もつきません」と、私は答えました。

 彼女は反発しました。「でも、何か考えがあるんでしょう?あの祝福を下さったのは会長なんですから。」

 私は困ってしまいました。こんなことは後にも先にも初めてでしたから。もう眠るどころではありませんでした。私は祈りました。「主よ、この人の信仰は、私の手によって受けた祝福にかかっています。あの時私は御霊を感じました。もし私が間違っていたなら、そのために彼女を罰しないでください。私の言葉がうそにならないようにしてください。(そして私は誰に連絡しようかと考えていたのです。)

その後、彼女からの連絡はありませんでした。もしかしたらうまくいったのでは、と考えていました。土曜日の夜遅く、ニューヨークから疲れ果てて家に帰り着きました。玄関を入ると、メモが置いてありました。「どんなに遅くても、○○姉妹に電話すること。」それを無視する勇気はありませんでした。電話に出た彼女は言いました、「今すぐ、来てください。」ステーク会長に何という口の利き方でしょう。

 夜の2時をまわっていましたが、私は出かけました。彼女は憤慨と空しさを感じていました。「もう私には信仰のかけらも残っていません。主の御霊を感じました。それは会長が祝福をくださったときや、聖餐会や証会で感じるのと同じ御霊です。聖典を読んだり、祈るときに感じるのと同じ御霊です。でもこれが私の証です。」そう言って、彼女は両手を上げました。それは赤い斑点に覆われていたのです。「さあ、何か言うことはありますか?」彼女は言いました。

 「いや、別に。」

「これはどういうことなのか、説明すべきだと思わないんですか?」

私は言いました、「何も説明することはありません。私は一晩中祈りました。これはどういうことなのか、わかりません。あなたが信仰を失う原因を私が作ったことは申し訳ないと思います。私の持っている神権を使ってやったことで、あなたに信仰を失わせるなんて最悪です。」

 「どうしてこうなのか、説明する義務があると思いません?」

 「いや、別に説明することはありません。」

 「あなたと主は、私に説明することがあるんじゃありません?」

 「もうこれ以上祝福はあげられません。」

 「少なくとも、それだけはする義務があると思いませんか?」

 私は彼女の頭に手を置いたものの、すらすらと言葉は出てきませんでした。主は彼女に、病気や母乳のことは一言も言われれることはなく、ただ彼女に対する愛、彼女が主の娘であること、彼女を心にかけておられること、彼女のために主は死なれたことなどを話されました。彼女一人だけのためであっても、主はその命を捨てられたこと、彼女の罪のために主は苦しまれたことなどを言われましたが、彼女の病気を癒すことについては何も言われなかったのです。

翌日は断食日曜日でした。二度と教会へは行かないと言っていた彼女は、この日教会へやってきました。赤い斑点に覆われたひどい顔をしていました。彼女はそれ程プライドが高い人ではありませんでしたが、このような有様で人前に出るのは容易なことではありませんでした。証会で証をしましたが、彼女の斑点は目立つ一方でした。彼女はこれまでのいきさつを話し、最後に言いました、「なぜこのような斑点が出たのか、乳が出なくなったのかよくわかりません。でも、これだけはわかります。」そして救い主の彼女への愛について力強い証を述べました。その午後、斑点は消え、乳が出始めました。でもそれは彼女が王国の奥義を理解するまでは、起こらなかったのです。それは斑点や乳、さらには祝福とは直接の関係はなく、私たちが誰であるか、天父や救い主がどんなお方であるか、そして私たちとの関係に大いに関係があったのです。