モルモン

とは?

What of the Mormons?

 

トンガよりのストーリ Stories from Tonga

ジョン・H・グローバーグ John H. Groberg

 

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Editor's Note: This story in Japanese has been on this site for several years. Now I am adding the English story which follows this one in Japanese.

『信仰の炎』(The Fire of Faith31 従順

トンガでは,従順とは宣教師になるための前提条件であると考えられていました。この国の宣教師を観察するうちに,わたしは心からの従順こそが,忠実さの究極的な姿であるということを学びました。その二つは切り離せないものなのです。

ある朝,店で買い物をしていたときに,店の主人がドアの上に掛けてある大きな時計に目をやり,時計が夜の間に止まっていたことに気づきました。主人は,奥の部屋にいた店員の名を呼んで,こう尋ねました。「ビル,今何時だい。昨晩時計が止まったから,合わせなくちゃならないんだ。」

わたしは自分の時計に目をやりました。しかし,わたしが時間を教える前に,また店員が返事をする前に,店の主人は言ったのです。「ああ,もういいよ,ビル。今9時だ。モルモンの宣教師がファレ(訳注――壁の代わりにヤシの葉で作ったすだれのある草ぶき屋根の家)を出るところだからね。」

わたしは時計を見ました。ちょうど9時でした。わたしは,壁に掛かった時計を合わせている店の主人の方を見て,尋ねました。「モルモンの宣教師が家を出る時間で時計を合わせることができるのですか。」

「もちろんですよ」と主人は答えました。「彼らはいつもちょうど9時に出かけるのです。1分たりとも違わずにね。それはこの村でいちばん確実なことの一つなんですよ。」

店の主人に感謝を述べ,用事を済ませると,わたしは何ブロックか先まで車を走らせ,宣教師が通り過ぎるのを待ちました。宣教師たちが目の前を通ったとき,車を降り,一人一人を抱きしめ,彼らが非常に従順であることに感謝していると伝え,こう言いました。「君たちは知らないかもしれないけれど,この村では君たちが家を出る時間に時計を合わせているんだよ。規則を守ってくれてありがとう。」

少し当惑した顔で,彼らはわたしを見ました。まるで次のように言っているかのようでした。「それがどうかしたのでしょうか。9時に外に出て働くことは伝道の規則です。ですから当然9時ちょうどに家を出ているだけのことです。」

車で帰る途中,わたしは考えました。どれだけ多くの人が宣教師たちの行動を見て(物理的にも霊的にも)時計を合わせているだろう。わたしは長年にわたり世界中の宣教師を見てきました。その経験から学んだことは,宣教師の質が向上するか低下するかは,教会が宣教師にどの程度の従順を期待するかにかかっているということです。

トンガ本島では,34か月に1度「転勤集会」が開かれました。トンガタプで働くすべての宣教師が,持ち物を全部持ってヌクアロファにやって来ます。宣教師は自分のござを持って来ました。そのござと一緒に,まくら,シーツ,タオル,衣類,身の回りの品を丸めて持っています。また,手織りのかごには,聖典,そのほかの教材が入っています。時には食パン1斤,あるいは飲用としてグリーンココナツが入っていることもありました。靴をはいている宣教師はほとんどいません。皆,会員の家の床の上に寝ます。会員と一緒に食事をするので,なべやフライパン,あるいはそのほかのかさばる荷物を持ち運ぶ必要はありませんでした。通常,着替えは3着くらいしか持っていませんでしたが,それだけでだいたい伝道期間中は間に合いました。(お金も,伝道本部か会員からもらうバスや船の運賃を除いて,ほとんどまったくと言ってもよいくらい使うことはありませんでした。)このように,転勤集会に来るときには,集会後に同じ同僚と同じ地域に戻ることになっても,新しい地域,新しい同僚,あるいはその両方を割り当てられることになってもいいように,移動の準備をして集まったのです。転勤集会には,たいてい,若い長老や姉妹が100人以上集まりました。

わたしは事前に,副伝道部長,伝道部長補佐などと話し合い,転勤に関する意見を聞きました。彼らの意見を聞いた後で,わたしはほとんど丸一日断食と祈りをし,宣教師たちから送られてきた報告書を見直し,主がお認めになると感じる変更のリストを作りました。わたしが事前に受けた提案は,変更の必要性を感じていたことの大部分と同じものでした。この経験から,謙遜で義にかなったことを行いたいと望む人々は,御霊からまったく同じメッセージを受けるのだという証を得ました。

しかし,わたしが変更の必要性を感じたことの中に,事前に受けた提案とは異なるものが少し混在することは避けられないことでした。時には,御霊と「格闘する」こともありました。なぜなら,御霊からある印象を受けたときに,それが理にかなっていないように思えることもあったからです。

例えば,バイ長老のときもそうでした。バイ長老は巡回宣教師としてすばらしい成功を収めており,彼の伝道期間はあとわずか4か月で終わることになっていました。彼が教会員になったのは,リアホナにある学校に通っていたころです。家族の中で会員は彼一人でした。父親は別の教会の牧師で,息子が末日聖徒になったことをいまいましく思っていました。それでも,息子はそのうち「自分たちの」教会に戻って来ると確信していました。息子が伝道に出たいと言ったときの父親の挫折感は想像に難くないでしょう。

父親は伝道に行くことに反対しました。伝道に出ても一切援助しないと告げました。事実,ありとあらゆる方法を使って息子が「モルモンの宣教師」になることを妨害しようとしました。しかし,バイ長老は真理に帰依していました。どんなに脅されても,神の御心だと知っていることを行う意志は変わりませんでした。新米の宣教師のころでさえ,その輝く瞳,明るい表情,確固たる態度から,彼がすぐれた宣教師になるであることが見てとれました。

最初の面接のときに,バイ長老は自分が伝道に出たことを父親が怒っていると話しました。そして,このような状況の下では,郷里で働く割り当ては受けないほうがいいと思うと言いました。伝道部のほとんどの宣教師は,地元出身のトンガ人でした。トンガはとても小さな国です。したがって,基本的に,トンガ人はほかの人全員を「知って」います。近い「親戚」が文字どおりいたる所にいるのです。それでも,若い長老や姉妹を郷里の村に宣教師として送ることは避けるようにしていました。この方針は次のような主の言葉に基づいていました。「預言者は,自分の郷里や自分の家以外では,どこででも敬われないことはない。」(マタイ1357

伝道中,バイ長老はわたしの期待のすべてに応えてくれました。しかし,伝道期間があと残り4か月というときに,わたしは彼にその4か月をこともあろうに郷里で過ごさせるようにという導きを感じたのです! 「でも,それは大変なことだ。」何度も自分に言い聞かせました。バイ長老は言われたことは何でも従うでしょう。しかし,そのような転勤をすれば彼の信仰はぎりぎりまで試されることになるでしょう。どうしたらいいのだろう。わたしは別の答えが得られることを願って何度も主に祈りました。しかし祈るたびに,バイ長老の最後の4か月間を郷里で働かせること以外の考えは,正しいと感じられませんでした。それは,どう考えても理にかなわないことです。信頼する副伝道部長の提案にも,自分自身の思いにも,伝道部の方針にも反しています。それでもなぜか,それが主の御心であると思われました。

わたしは一日中苦しみました。なぜ,これほど心がかき乱されるのだろうと考えました。正しいことであれば,淡々と実行すべきではないかと思いました。しかしながら,常識や理性の果たすべき役割についても考えました。トンガで指導者になることはほんとうに難しいことです。なぜなら,会員に何かをするように言うと,彼らは必ず実行するのです。ですから指導者は,決して間違った導きを与えることができません。ついにわたしはある順番で転勤先を発表することにしました。バイ長老とその同僚の転勤をいちばん最後に発表することにしたのです――途中で御霊が別の導きを示してくれるかもしれないと,心ひそかに願いつつ。

集会は初めから表現し難い力に満ちあふれていました。100人以上のトンガ人の宣教師が全身全霊で,声の限りを尽くして主を賛美して歌いました。このような歌を聞くまでは,だれもほんとうの宣教師の歌を聞いたとは言えません。出席していた人々は皆,鳥肌が立ちました。

すばらしい集会と扶助協会が準備してくれた食事の後で,わたしたちは「転勤発表」を行うために再び集まりました。全員が,現在の同僚とともに座り,新しい同僚が発表されるのを待ちました。

リストが読み上げられました。全員が,一つ一つの変更をよく認識できるよう,また新しい同僚同士が並んで座れるように,ゆっくりと読み上げられました。やがて10人の宣教師と5つの地域の発表を残すのみとなり,宣教師たちは沈黙に覆われました。バイ長老の割り当ても,彼の郷里にだれが割り当てられるのかも,まだ発表されていないことに,皆が気づいていました。その場の緊張感は容易に想像がつくでしょう。割り当てを受けていない宣教師が8人から6人へ,割り当てられていない地域が4つから3つへと減っていくにつれて,緊張は高まりました。わたしは次の二人の宣教師と彼らの地域を発表しました。宣教師は残すところあと4人,地域は2つだけになりました。

わたしはバイ長老に目をやりました。彼は両手で頭を覆っていました。ほかの宣教師たちに目をやりました。彼らの強い嘆願を感じました。「伝道部長,どうぞ思いとどまってください。彼はほんとうにすばらしい長老です。そのような召しを彼に与えないでください!」その場に集まっている宣教師の思いが大きな波のようにわたしをめがけて押し寄せてきました。わたしはその発表をしなければなりませんでした。どうすべきでしょうか。宣教師たちの望みに合わせるべきでしょうか,それとも,この件に関して決して変わることがなかった神の御心について,もう一度神にうかがうべきでしょうか。

わたしは,この件についてこれ以上主に尋ねたくはありませんでした。わたしは立ち上がり,新たに同僚となる二人の宣教師の名前を読み上げました。その結果,最後まで名前を読み上げられなかった,バイ長老ともう一人の宣教師が同僚であることが分かりました。次に今名前を読み上げた二人が働く地域を発表しなければなりませんでした。わたしはためらいました。200以上の燃えるような瞳がわたしを見つめ,無言で訴えているのです。「どうかやめてください,伝道部長。お願いですから,バイ長老を郷里に送らないでください。」

わたしはもう一度深呼吸をしました。言うべきことは分かっていました。「X長老とY長老はム・アで働きます。」それは,バイ長老と同僚がもう一つの地域,すなわちバイ長老の郷里に配属されるということを意味していました! そう言った瞬間,宣教師は皆,はっと息をのみました。

閉会の賛美歌と祈りの間中,喜びと悲しみの涙が流れました。しかし,やがて宣教師たちは二人ずつ,丸めたござとかごを手に持ち,新しい同僚とともに新しい地域へ向かいました。バイ長老の新しい後輩は,どうしてよいかよく分からず,黙って座っていました。皆が出て行って,この二人だけになったとき,わたしは二人と話すために歩み寄りました。バイ長老の目には涙がたまっていました。彼は,一言,こう言いました。「伝道部長,もう一度だけ,この転勤が神の御心だと言ってくださいますか。」

「神の御心です。」わたしは答えました。「わたしはこれが神の御心であることを知っています。」

「それで大丈夫です。では行きます。わたしのために祈ってください。」

「祈ります。ほかの何百という人たちも祈ることでしょう。」彼の郷里はそれほど遠くなかったので,わたしは彼に毎週日曜日の夕方に伝道本部に来て,個人的に状況を報告するように言いました。

彼らは出発しました。わたしは一人残り,自分がしたことについて深く考えました。ひょっとして自分の考えでしたのだろうか。いや,神の御心であったに違いない。このようなことをする人はだれもいない。わたしはこの決定を神が祝福し,正しいとしてくださることを知っていました。そうなさる義務がある,とわたしは思いました。わたしたちは――バイ長老とわたしは――従順に従いました。今度は,神に祝福していただき,神に約束を成就していただく必要がありました。ああ,祝福と成就を求めて,どれほど神に懇願したことでしょう!

トンガという国はなぜそんなに速く情報が伝わるのか理解に苦しむことがあります。バイ長老と同僚が新しい地域に到着する前に,すでにバイ長老の新しい割り当についての知らせが彼の家族の耳に届いていました。

翌日,バイ長老の父親は自分の教会の信者を前にして,すでに皆が知っていることについて述べました。すなわち,息子がモルモンになったことで失望した,その後宣教師になったことでさらに侮辱された,そして今度は宣教師として郷里に戻って来て,親の教会の信者を自分が新たに見つけた宗教に改宗させようとしているとは,親をばかにするにもほどがある,と。

父親はこう続けました。「しかし,わたしはあのモルモン教徒がどんなやつらか知っています。もし,皆さんが,だれも息子の話に耳を傾けなかったら,もし,だれも息子を家に招き入れたり,ほほえみかけたりしなかったら,そして助けをまったく与えなかったら,また皆さんがこぞって皆さんの隣人に同じようにするよう頼んだら,彼はすぐにいなくなるでしょう。なぜなら,あの宣教師たちは『結果』を出したのですから。」

信者たちは言われたとおりにしました。第1週が過ぎました。バイ長老の報告によると,教会員でない人の家にまったく入れなかったし,福音を教える機会もまったくありませんでした。わたしたちはひざまずいて祈り,主の導きを祈り求めました。祈りが終わると,もう1週間続けてみるべきだと感じました。

一方,父親は信者たちがすばらしい働きをしたことをほめたたえました。息子は戻って来て翌週もこの地域にいるかもしれないけれど,また冷たくあしらえば,きっと長くはいられないはずだと断言しました。

翌週の報告も前の週と同じく惨めなものでした。しかし,祈った後で,バイ長老と同僚は戻ってゆきました。父親は信者に断言しました。この戦いはもう終わった,あるいはもう終わりが見えている。しかし,翌朝9時ちょうどに,バイ長老と同僚は教える人を見つける無駄な努力を始めました。近くにバイ長老たちの地域に含まれている小さな村がありました。そこで,何人かの人と話すことができましたが,ほとんどの人はすぐにどこかへ行ってしまいました。

3週目の終わりに,わたしはバイ長老の足取りが重くなっていることに気づきました。今まで常に成功していたので,この状況にこれまでにない違和感を覚えていました。わたしたちは長いこと話し合いました。バイ長老は父親がどれだけ頑固であるか話しました。わたしは彼に,今でも主がお望みのことであれば何でも喜んで実行するという気持ちがあるかと尋ねました。彼は,あると答えました。祈りの後で,わたしは彼をしっかりと抱きしめて言いました。「長老,理由は分かりません。しかしあなたはそこに戻るべきだと感じます。」バイ長老と同僚は振り返ることもなく戻ってゆきました。

4週目の日曜日,父親はあまり激しく息子を非難しませんでしたが,それでも信者たちが息子を避けていることをほめ,もうすべては終わったと断言しました。しかし,4週目の月曜日の朝を迎えたとき,バイ長老と同僚は教える人を探し始めました。多くの人が目を丸め,ささやくような声で質問をしてきました。しかし,まだ「宣教師たちと接触しない」という方針は変わりませんでした。

バイ長老は知りませんでしたが,その週の日曜日,父親の教会の信者たちは数週間ぶりに,父親から息子のことについて何も言われませんでした。この件について父親が何も言わなかったことは,すべての信者が気づきました。すでに息子が転勤し,闘いは終わったのだろうかと皆は思いました。しかし,翌日,月曜日の朝,9時ちょうどに,バイ長老と同僚は家を出て,教える人を見つけるために通りを歩き始めたのです。

二人が角を曲がったとき,一人の男性が彼らに手を振り,家に入るように言っているのが見えました。バイ長老は自分の目を疑いました。何とそれは自分の家だったのです! そして手を振っていたのは自分の父親だったのです!

二人の宣教師は家の中に入りました。父親は息子に尋ねました。「行く先々で拒否されているのに,なぜ何度も戻って来るのか。」息子は父親に断言しました。「真理はいつも勝利を得ます。そしてわたしは自分が真理を携えていることを知っています。だから時がわたしに味方してくれるのです。」バイ長老は言いました。「主の御心を行っていると知っているかぎり,ほかの問題はそれほど気にならないのです。」

それからレッスンが集中的に行われ,間もなくして,バイ長老の母親と父親,さらに家族の数人がバプテスマを受ける備えをしました。

バプテスマの日は,日が暮れるまで待って,だれにも気づかれないように,こっそりと海岸へ行くのがよいのではないか,とバイ長老は提案しました。しかし,今度は,父親が息子に教える番でした。「息子よ,わたしと母さん,そしてわたしたちの家族を真理に導いてくれてありがとう。わたしはそれが真実であると知っているし,それを恥だと思わないよ。母さんとわたしは明日,家で白い衣装に着替え,正午きっかりに村の端から端までずっと歩いて海岸に行き,そこで白い衣装を着たお前に会い,そこで喜んでバプテスマを施してもらうつもりだ。村の人たち皆に見てもらいたいのだよ。」

もちろん,そのとおりのことが起こりました。ただし,バイ長老は海岸で家族を迎える計画を変更し,自宅まで足を運び,家族と一緒に海岸まで歩いたのでした。

バイ長老は伝道の任期を終えるまで郷里で働きました。バイ長老が伝道を終えるまでの間に,40人以上が教会員になりました。伝道を終える際の面接のときに,わたしは彼に,どう感じているか尋ねました。

「伝道部長,わたしたちが従順であれば,主はわたしたちを祝福してくださいます。どんなに障害があっても,従順であり続けるならば,主は御自身の約束を果たされます。わたしはそのことを知っています。生涯このことを覚えていられるように願っています。」

「わたし自身もそうしたいと願っているよ。」わたしはそう答えました。

著者の許可を得て翻訳・掲載しています。

OBEDIENCE, John H. Groberg, The Fire of Faith, Pages 164-170

In Tonga, obedience was understood to be a prerequisite for a mission.  As I watched the missionaries, I realized that honest obedience is actually the ultimate expression of faithfulness, for you can’t have one without the other.

I was in a store one morning when the store owner looked at a large clock over the door and saw it had stopped during the night.  He called to his clerk in the back room and said:  “Bill, what time is it?  The big clock stopped last night and I need to reset it.”

I looked at my watch, but before I could give him the time and before his clerk called back, he suddenly said:  “Oh, never mind, Bill, it’s nine o’clock.  I can see the Mormon missionaries leaving their fale.”

I looked at my watch.  It was nine o’clock straight up.  I turned to the owner as he was setting the large clock on the wall and asked, “You can set your clock by when the Mormon missionaries leave their house?”

“Of course,” he replied.  “They always leave at nine o’clock sharp, never a minute before or after.  It’s one of the things we rely on around here.”

I thanked him, completed my business, and then drove a few blocks away to wait for the missionaries to come by.  When they arrived, I got out of the car, gave them each a big hug, and thanked them for being so obedient.  I said:  “You may not know it, but this village sets their clocks by your departure time.  Thanks for doing what is right.”

They looked at me a little puzzled, almost as if to say, “Well, what did you expect?  The mission rule is to be out working at nine o’clock, so of course that is exactly when we leave.”

As I drove home I wondered how many people set their clocks (both physically and spiritually) by the actions of the missionaries.  I have learned from long experience with missionaries all over the world that they will rise or sink to whatever level of obedience we establish for them.  This obedience cannot be in words only, but must have honest expectations that are met and reinforced.

Once every three or four months on the main island, we had a “transfer meeting.”  All the missionaries laboring on Tongatapu came to Nuku’alofa with all their possessions.  Each missionary carried his or her own mat into which they rolled their pillow, sheet, towels, clothes, and personal effects.  They also had a hand-woven basket into which they put their scriptures, other teaching supplies, and occasionally a loaf of bread or a green coconut to drink.  They seldom wore shoes and they slept on the floor in members’ homes, and since they ate with the members, they didn’t need to carry pots and pans or other bulky items.  They normally had about three changes of clothes, which usually lasted them throughout their mission.  (They used very little money except for a few bus and boat fares that either we or the members gave them.)  Thus, from the transfer meeting they were prepared to either return with the same companion to the same location or be assigned to a new area or a new companion or both.  There were usually in excess of a hundred young men and women at these meetings.

Beforehand, I met with my counselors, the missionary assistants, and others and got their feelings about transfers.  After receiving their input, I spent most of the day in fasting and prayer, reviewing the missionaries’ individual reports and making a list of changes that I felt the Lord approved of.  The vast majority of the changes that I felt should be made were in line with the recommendations I had received.  It was a testimony to me that the Spirit gives the self-same message to those who are humble and desire to do what is right.

However, there were inevitably a few changes that I felt should be made which were different from the recommendations I had received.  Sometimes I tended to “fight” with the Spirit, as certain impressions I had didn’t seem to make any sense.

One such occasion involved a certain Elder Vai, a wonderfully successful zone leader who had only four months left on his mission.  He had joined the Church while attending school at Liahona and was the only member in his family.  His father was a preacher in another church and was very unhappy when his son became a Latter-day Saint.  The father was confident, however, that his son would come back to “their” church.  You can imagine the father’s frustration when his son announced that he wanted to go on a mission.

His father told him not to go and said he would not help him in any way, and in fact, would do everything possible to stop him from being a “Mormon missionary.”  But Elder Vai was converted to the truth, and threats could not keep him from doing what he knew was God’s will.  Even when he was a new missionary, his sparkling eyes, happy countenance, and determined spirit told me that he would be a strong missionary.

In our initial interview he mentioned his father’s anger and stated that under the circumstances, it would probably be best for him not to be assigned to his hometown.  Since nearly all of our missionaries were local Tongans, and since Tonga is a fairly small country, basically everyone “knew” everyone else, and close “relatives” were literally everywhere.  Still, we generally avoided sending young men and women back to the villages they grew up in, this policy being based on the Lord’s statement, “A prophet is not without honour, save in his own country and in his own house” (Matthew 13:57).

During his mission Elder Vai had fulfilled every expectation I had of him, but now, with four months of his mission remaining, I was feeling that he should spend those four months in his hometown!  “But that’s crazy,” I kept saying to myself.  I knew he would do whatever I asked of him, but I also knew this would strain his faith almost to the breaking point.  What to do?  I went to the Lord time and time again desiring a different answer, but each time the only thing I felt good about was to assign him to his home village for his last four months.  This was against all reason, against the recommendation of my trusted counselors, against my own thinking, against our policy, but for some reason it seemed to be in accordance with the Lord’s will.

I kept struggling all day.  Why, I wondered, was there such a conflict in my feelings?  If it was right, I should just do it.  However, I wondered what part common sense and reason should play.  It is very difficult to be a leader in Tonga because whatever you ask the members to do, they do it.  You simply must not make a mistake.  I finally decided to announce the transfers in a particular order and leave Elder Vai and his companion till near the end, secretly hoping that the Spirit might in the meantime direct things differently.

The meeting began with a power that defies description.  No one has heard real missionary singing until they have heard one hundred-plus Tongan missionaries praising the Lord with all their hearts and souls and voices. It brought goose bumps to every person present.

After a wonderful meeting and an appropriate feast provided by the Relief Society, we reassembled for the “transfer” portion of the meeting. Everyone sat with the present companion until his or her new companion was announced.

We went down the list, taking time for each change to be well noted by all and the new companions seated next to each other.  As we reached the last ten missionaries and the last five areas yet to be assigned, a hush came over the missionaries. Everyone knew that neither Elder Vai nor his home village had yet been assigned.  You could feel the tension.  It increased as the unassigned missionaries dropped to eight, then six,  and the unassigned areas dropped to four, then three.  I announced the next set of missionaries and their area.  Now there were only four missionaries and two areas left.

I looked at Elder Vai.  He had his head buried in his hands.  I looked at the other missionaries.  I sensed a strong plea:  “Oh, President, please don’t.  He is such a good elder.  Don’t do this to him!”  The tide of feelings from those gathered missionaries was sweeping over me.  I had to make the announcement.  What should it be?  Should I respond to a clear feeling of preference from the missionaries or should I ask yet again for assurance from God as to His will, which I knew had not changed?

Not wanting to suffer this questioning any longer, I stood and announced the next two missionaries to serve together.  This left only Elder Vai and one other elder who would obviously be his companion.  Now I needed to announce where the first two would serve.  I hesitated as I felt two hundred-plus eyes burning towards me and powerfully beaming the same message – “Please don’t, President.  Please don’t send Elder Vai to his hometown.”

I took one more deep breath.  I knew what I had to say:  “Elder X and Elder Y will serve in Mu’a.”  This meant that Elder Vai and his companion would be going to the only area left – his home village!  Almost immediately there was an incredulous universal gasp.

Tears of joy and sorrow were shed during both the closing song and the prayer, but eventually the missionaries, two by two, gathered their rolled mats and baskets and with their new companions left for their new areas.  Elder Vai’s new junior companion sat silently, not knowing for sure what to do.  Finally, when only the two of them were left, I went over to talk to them.  I could see pooled tears in Elder Vai’s eyes.  His only comment was, “President, just assure me once more that this is God’s will.”

“It is,” I replied.  “I know it is.”

“Fine, then, we’ll be on our way.  Pray for me.”

“I will, and so will hundreds of others.”  Since his home village was not too far away, I asked him to come in each Sunday evening and personally report to me how things were going.

They departed, and I was left alone to ponder on what I had done.  Or had I done it?  It had to be God’s will; no one else would do it.  I knew He would bless and justify that decision.  He had to, I thought.  We had been obedient – both Elder Vai and myself – now we needed His blessings and His fulfillment.  Oh, how I pleaded with God for both!

It is hard to know how messages in Tonga get transmitted at times.  Even before Elder Vai and his companion arrived at their new area, word had reached his family about his new assignment.

The next day in church, Elder Vai’s father stood before his congregation and announced what everyone already knew; that his son had disappointed him by becoming a Mormon, had then added insult to injury by becoming a missionary, and now was showing the ultimate disrespect by actually coming to his own town to try and convert his own people to his newfound religion.

“I know these Mormons, though,” the father said.  “If none of you listen to my son, and if no one lets him in their home or even smiles at him and never helps him in any way, and if you all ask your neighbors to do the same, he will soon be gone, for these missionaries want ‘results.’”

The people did as he asked.  The first week went by and Elder Vai reported that they had not gotten into a single nonmember home nor given a single standard discussion.  We knelt in prayer and asked for the Lord’s guidance.  At the end of the prayer, we felt they should continue trying for another week.

The father, in the meantime, congratulated his congregation on their fine work and assured them that while his boy might come back for another week, he surely would not stay long if they continued to snub him.

The next weekly report was equally as dismal, but after prayer Elder Vai and his companion returned again.  The father assured his congregation that the end had come or was very near, but the next morning sharply at 9:00 a.m., Elder Vai and his companion began their fruitless effort to find someone to teach.  There was another small village close by which was in their area and where they made a few contacts, but most of them quickly faded away.

At the end of the third week, I could sense that Elder Vai’s spirits were starting to drag.  He had been so used to success that this situation gave him a new and uncomfortable feeling.  We talked a lot and he assured me how determined his father was.  I asked him if he was still willing to do whatever the Lord willed.  He said he was, and after prayer, I gave him a big hug and said, “Elder, I don’t know why, but I feel you should go back to your area.”  He and his companion returned without looking back.

The fourth Sunday, the father was less vehement in his denunciation of his son, but still congratulated the people on their shunning him and assured them this whole chapter was now over.  When the fourth Monday dawned, however, and Elder Vai and his companion started tracting, there were a lot of raised eyebrows and whispered questions.  But still there was no change in the policy of “no contact.”

Unbeknown to Elder Vai, this was the first Sunday his father had not said a word to his congregation about his son.  His silence on the subject was noted by all.  They wondered if a transfer had already been made and the battle was over.  But Monday morning promptly at nine o’clock, Elder Vai and his companion emerged from their home and began walking down the street looking for someone to teach.

As they turned the corner, they saw a man waving at them and motioning for them to come to his house.  Elder Vai couldn’t believe his eyes.  That was his house!  That was his father!

The two missionaries went over to the house.  The father wanted to know what gave his son the determination to keep coming back even though he was rejected on every side.  His son assured him that truth always prevails and, since he knew that he had the truth, time was on his side.  He explained:  “As long as I know I am doing the Lord’s will, other problems don’t really bother me much.”

Intense discussions followed, and within a short time, Elder Vai’s mother and father and some other family members were ready for baptism.

On the appointed day Elder Vai suggested that they wait until evening and then quietly slip unnoticed to the beach.  It was now the father’s turn to teach his son.  “Son, I thank you for bringing me and your mother and our family the truth.  I know it is true and I am not ashamed of it.  Your mother and I will dress in white clothes in our home and promptly at noon tomorrow, we will walk the entire length of the village to the seashore, where we would be pleased to meet you dressed in white to baptize us.  We want the whole village to see.

That, of course, is what happened, except that Elder Vai, rather than meeting them at the seashore, came to their home and walked along with them.

Elder Vai finished his mission in his hometown, and before he left, more than forty souls had joined the Church.  In an exit interview, I asked him how he felt.

“President, when we are obedient, the Lord blesses us, and when we continue to be obedient despite all obstacles, He fulfills all of His promises.  I know it is so.  I hope I can remember it my whole life.

“I hope I can, too,” I replied.